森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

命を賭ける・・・小説「水神」と政治家の言葉

 先日、帚木蓬生(ははきぎ・ ほうせい)の小説「水神」(上下巻、新潮文庫)を読んだ。江戸時代の初期、筑後川に近い村々の5人の庄屋が立ち上がり、大河を堰き止めて田畑に水を引く工事に挑む実話の物語である。

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 この村は、川より高い台地にあるため大河の恵みを受けることが出来ない。川の水を桶で汲み上げ、それによって田畑を潤すしかなく、旱魃に苦しめられてきた。不作の年はワラビの根や松の皮を食べて飢えをしのいだ。

 5人の庄屋は、農民の苦難の歴史を自分の代で終わらせようと決断し、工事を求める血判の嘆願書を久留米有馬藩に差し出した。嘆願書には、工費として庄屋の財産を差し出し、もし工事に不手際があった場合は、磔(はりつけ)の刑を受けると明記していた。

 藩は普請奉行の指揮で工事に当たることにしたが、工事失敗の責任を庄屋に押し付けようとするかのように、堰の工事現場にわざわざ五つの磔台を掲げた。最初、工事には他の多くの庄屋が反対していたが、命を賭けた庄屋の決意が通じ、やがて反対したことを悔やみ、協力するようになった。

 この本を読んだ後、野田総理の言葉が思い出された。消費増税と社会保障の一体改革を成し遂げるために、「政治生命と命を賭ける」と表明したことである。「命を賭ける」という表現は、太平の現代に切腹が復活したようで滑稽に思えた。民主党にしては評価の高い野田総理だけに、出来もしないこの言葉だけは言ってほしくなかった。

 多分、野田総理にとって、ライオン宰相と呼ばれた浜口雄幸首相の存在が大きかったに違いない。政治家を志す人間なら誰もが知っている昭和初期の名宰相である。浜口首相は就任の時、家族に「決死の覚悟で仕事をしているのだから、途中で斃れることがあっても、それはもとより男子の本懐」と語っていた。

 そして昭和4年、首相は東京駅で右翼の凶弾を浴び、それがもとで死亡した。当時は、統帥権をめぐって軍部と政府の対立は先鋭化していた。身の危険を感じていた浜口首相は「身命は君国に捧げており、命が惜しくて何ができるか」と、側近に話していたと言う。

 野田総理は、浜口首相の「男子の本懐」を意気に感じていたのかもしれないが、テロが横行した昭和初期とは時代背景が異なる。今の時代、政治家が「命を賭ける」などと軽々に口にするのはいかがなものだろう。党内融和を求め、「心から、心から、心から」と訴えたこともあった。しかし結果は、民主党の分裂を避けることが出来ず、総理の言葉の軽さだけが残った。

 小説「水神」に話を戻そう。堰と水路の工事が完成し水門を開けたところ、水路の高低差が間違っていたため水が逆流、農民一人が死亡した。藩の設計ミスは明らかだったが、最年長の庄屋は事故の責任をとるため、磔の刑に服することを申し出た。

 そんな切迫した時に、一人の老武士が農民の苦悩を綴った藩主宛の遺書を残し、切腹して果てた。武士は郡奉行の補佐役で、日ごろから村の実情に深い同情を寄せていた。命を賭けて庄屋たちを守ろうとした老武士は、この小説の重きをなすキャラクターである。

 「命を賭ける」--。庄屋や老武士が見せたその覚悟と、政治家の言葉に空しいほどの乖離がある・・・。 

  
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