登山の後に襲われた虚脱感・・・

 先日、このブログでアオリイカ釣りについて書いた。私は毎年10月の声を聞くと、イカ釣りに行きたくてウズウズするのだが、「今年は今一つ意欲が湧いてこない」という内容である。

 すると、これについて一通のコメントが寄せられた。発信者は、鳥取県のある町で森林セラピーのボランティアをしている団塊世代の男性だ。彼とはこの9月初旬、穂高連峰の涸沢岳(3110m)の頂上で出会った。私たち夫婦が頂上に着くと、彼が岩の上に寝転がっており、私たちもその横に座ったのが縁で話が弾んだ。

 彼からのコメントによると、釣りへの意欲が湧かないのは「穂高登山の後遺症だ」と断じている。ご自身も登山から帰ると何もする気が起きなくなり、「心にポッカリと穴が空いたようだ」と言うのだ。

 あっ、そうなんだ。彼も同じだったのかぁ・・・。

 この夏は、8月初旬に槍ケ岳(3180m)の頂上に立ち、9月には北アルプスの最高峰・奥穂高岳(3190m)と隣の涸沢岳に登った。この夏山の遠征を終えると、確かに虚脱感のようなものに襲われた。

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   ↑ 大喰岳から槍ケ岳を望む

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   ↑ 涸沢岳から奥穂高岳を望む

 釣りだけではなく、ちょっとした家の仕事もやる気がせず、一日中ボーッとしていたり、うたた寝ばかりしていた。好きな本も読む気がしなかった。これらを老化現象の現れと思っていた。うつ病さえ疑ってかかった。

 コメントを寄せてくれた彼が言うように、登山の後遺症だったのかもしれない。われら夫婦にとって、槍も奥穂も憧れの山に過ぎなかった。遠くから眺めるばかりのこの山に登ってしまったのだから、その達成感はかつてなく大きなものだった。やがて達成感は虚脱感へと変質し、心にポッカリ穴が空いたような気持ちになった。

 私は40歳くらいから女房を誘い、山歩きを始めた。家の近くの山や、比良、鈴鹿、大峰の山など日帰りが出来る山ばかりを登っていた。私の職業柄、連絡がつきにくい泊りがけの登山は出来なかったのだ。

 第二の人生を歩むようになり、自由の身になった。そこで、昔から見上げてばかりいた北アルプスの高嶺を歩きたいと思い、立山、薬師岳、黒部五郎岳、鷲羽岳などに登った。そんな時、はるか向こうに威容を見せ続けていたのが槍ケ岳であり、穂高連峰の山々だった。

 岩をよじ登るような槍も奥穂も、高所恐怖症のわれら夫婦にとって遠い存在だった。ところが女房が「登ってみようよ」と言い出し、この夏、槍と奥穂の岩峰に相次いで挑んだのだ。この頂上に立てたことに比べると、その他のことは小さく、つまらないことのように思えた。これが虚脱感なのだろう。

 幸い今では虚脱感から脱出し、体の中から湧き出る力を感じている・・・。
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コメント

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私もよくあります

虚脱感から脱出し、体の中から湧き出る力・・・・
羨ましい限りです。
私も、何もヤル気がしない日が、よくあります。
そんな日は、蘭舎に篭り、ランを相手に話しかけています。
最近は、一日中ボーとして過ごすことも、悪くない事だと思えるようになりました。
そして、元気になったら、また、忙しく動き回りたいものです。

   遊び人さんへ

 つまらない物を喜んでいただき、うれしいです。
こんなものでも良かった、いつでもどうぞ、
 それよりも、大切な商売道具をいただき、感激です。早速、漁師からもらった魚をさばきました。
切れ味も、迫力もありました。
有難うございました。
また、おいで下さい。アジ釣りも・・・。 

   ハカマ さんへ

 そうですかぁー。ハカマさんもですか。
しかしハカマさんのフットワークにはかないません。
畑に蘭、釣り・・・。すごいですよ。
 私などは、そんなに動けません。
やはり年ですかねえ。
 たまにボーッとするのは悪くありませんが、
わたしのように日がな一日では困ったもので・・・。
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