森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

LCCで鹿児島に行く(終わり)

 鹿児島旅行の3日目、朝5時ごろ目が覚めた。女房と娘はまだぐっすり眠っている。起こさないよう忍び足で部屋を抜け出し、ホテルの大浴場に向かった。海に近いからか、温泉水は少し塩っからい。露天風呂から空を見上げると、星が青く輝いていた。

 6時半を過ぎたので、そろそろ外が明るくなるだろう。ホテルのロビーのガラス越しに、カメラを手にしてその時を待った。6時55分、わずかに明るくなった空にヌーッとその姿が現れた。見事な円錐形が天を衝く日本百名山の開聞岳(924m)である。

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 冬の富士山を間近から見上げた時、槍沢の樹林から夕日に赤く染まった槍ヶ岳を見た時、そして今回の開聞岳。そのどれも、怖いほどの感動を覚えた。いや、感動を超えた畏れという特別の感情に胸が押しつぶされそうになったのだ。

 さて、この日最初に訪れたのは、指宿市街から半時間ほどの山川港だ。女房がぜひ寄ってみたいと言った。われら夫婦の新婚時代、釣りを兼ねて屋久島へ行ったのだが、その帰りの船が着いたのが山川港だった。女房は「覚えていないの?」と責め立てるが、「まったく何も覚えていない」。女房はむっとしていた。

 砂むし温泉に向かう途中、菜の花畑を通りかかった。ここは、開聞岳の絶景ポイントで、地元の人が菜の花と一緒に撮影するようにと植えてくれているようだ。開聞岳は何度見ても見事だ。山にはらせん状の登山道が付いていて、3時間半ほどで登れるらしい。いつかこの山に登りたいと思うが、それは実際、切ない願望かもしれない。

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 指宿といえば砂むしである。娘のテンションは高い。頭からタオルをかむり、熱い砂をかけてもらう。火傷しそうな熱い箇所もあって体をよじった。係りの人がわれら一人ずつの記念写真を撮影してくれた。後でカメラのモニター画面を見ていた娘は「お父さん、棺桶に入っているみたい」と大笑いしていた。 ケッ・・・。

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 温泉の蒸気でふかした薩摩芋を食べながら車を走らせ、西日本最南端のJR「西大山駅」、続いて屋久島、種子島などが望める「長崎鼻」に立ち寄った。このあたりからも、開聞岳の優美な姿を見る事が出来た。ただ、この逆の方向から見ると、山頂部がややいびつな形をしている。この世に完璧な美女がいないのと同じであり、妙にほっとした。

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 薩摩半島の突端から1時間ほど走ると、「知覧特攻平和館」がある。日本人として、ここを素通りする訳にはいかない。太平洋戦争末期、この特攻基地から若い隊員が沖縄に向けて出撃して行った。彼らの累々とした屍の上に今日の日本が築かれた。戦争についてとやかく言う前に、まずは彼らの霊に祈りを奉げたい。

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 平和館には、特攻隊員のおびただしい遺書が展示してある。親や兄弟、妻らに宛てた遺書には感謝の言葉があふれ、特攻隊員に選ばれたことがいかに名誉なことかも書かれている。自分の死を納得させようとするそんな言葉の数々が、却って悲しい。出撃は前夜に知らされるそうだが、待機する宿舎では夜中、すすり泣きが聞こえたという。誰も死にたくはないのだ。

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 一通の遺書に目がとまった。それには次のようなことが書かれていた。

 「6歳の時から私を育ててくれたお継母さん、有り難うございました。無理を言ったりしてすみませんでした。ご恩は忘れません。最後に呼ばせて下さい。お母さん、お母さん、お母さん」。

 私は込み上げる涙に耐えながらいくつもの遺書を読み続けてきたが、この「お母さん」と三度叫んだ遺書にトドメを刺されたような気持ちになった。

 昨年ミリオンセラーとなった百田尚樹著「永遠の0」は、特攻隊員の物語である。姉と弟の孫二人が、戦闘機乗りだった祖父の実像を知りたいと戦友たちを訪ね歩く。さまざまな祖父の人となりが浮かび上がり、そして最後に劇的な結末を迎える。その舞台として描かれているのが、知覧特攻基地なのだ。この本を読んでいたこともあって、平和館に足を踏み入れる前からもう私は涙ぐんでいた。

 知覧を後にして鹿児島空港に向かった。3日だけだったが、温泉、歴史、自然、戦争の記憶に触れることが出来、いい旅だった・・・。
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