森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

お伊勢参り・・・次の遷宮まで生きたいけれど

 やっと、お伊勢さん参りである。何年も前から参詣しようと思っていたが、ついつい先延ばしにしてきた。今年は20年ごとに行われる式年遷宮の年で、この秋には天照大御神など神様たちが新しい正殿、社殿に引っ越される。その前に何としてもお参りしておきたかった。

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 JRで行くなら、もちろん「青春18切符」だ。3月1日から4月10日までが春の利用期間で、普通電車なら2300円で1日乗り放題である。「青春」という名が付いているが、年齢制限はなく、むしろ中高年の利用の方が多いのではないかと思う。

 われら夫婦は伊勢神宮をめざし、早朝の電車に乗った。地図を見ると、滋賀の大津から伊勢までは近そうに見えるが、実際には結構遠い。大津駅から琵琶湖線で草津まで行き、草津線に乗り換えて柘植駅へ。ここでまた乗り換えて亀山まで行き、さらに乗り換えて伊勢市駅に行くという按配である。所要時間は約3時間だ。

 伊勢神宮は「内宮」と「外宮」(げぐう)に分かれており、まずは駅からすぐの森にある「外宮」へ。ここには、食べ物や穀物を司る豊受御神(とようけおおみかみ)が祀られている。鳥居の手前で手を洗い、口をすすいで身を清める。第一、第二の鳥居をくぐれば、そこは神の領域である。厳かな空気が漂い、ピンと背筋が伸びる。

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 砂利を踏みしめて正殿に向かった。門のような建物の正面に白い布が張られており、その奥に続いている正殿はよく見えない。ここで二礼、二拍手、一礼してお賽銭を入れた。その右手に、黄金の屋根が見えた。式年遷宮のため建て替え中の正殿の建物で、まばゆいばかりに輝いていた。撮影禁止である。

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 「外宮」を後にする時、多くの若者たちは鳥居の所で振り返り、正殿の方に向かって一礼するのである。若者から作法を教えられ、私たちもあわてて一礼するようにした。近ごろの日本の若者は実に礼儀正しく、親切である。このような光景を目にし、日本も捨てたものではないと思った。これに対して中国の若者は・・・いや全部言うまい。

 続いて「内宮」への参拝だ。「外宮」からは4キロほどの距離で、参拝者のほとんどがバスで向かうが、われらは歩くことにした。「せめて一生に一度」と歌われた江戸時代のお伊勢参り。「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんではないが、テクテクと1時間ほど歩き続けた。

 前方に江戸時代のような街並みが見えてきた。「おはらい町」と「おかげ横丁」である。土産物店や飲食店がぎっしり建ち並び、人があふれていた。年間何百万もの参拝者が押し寄せた江戸の昔も、もこんな光景だったのだろう。伊勢名物と言えば、女房も大好きな「赤福餅」。金看板を掲げたこの老舗もたいへんな混雑ぶりだった。

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 五十鈴川のほとりにある「とうふや」という店で昼食にした。私は「豆腐田楽」、女房は「あなご丼」。伊賀上野にも結構有名な田楽の店があるが、田楽は三重県の名物なのかもしれない。昔からお伊勢参りの人たちに鍛えられ、三重県は食べ物がおいしいと思う。

 いよいよ「内宮」に足を踏み入れ、神話の世界に入って行く。皇室のご先祖でもある天照大御神が祀られ、正式の名称は皇大神宮。この国の成り立ちの原点とも言うべき場所である。宇治橋を渡ると、あちらこちらに杉の巨木が天を衝いている。われらは、圧倒的な歴史の中にいることを実感する。

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 まずは正殿に参拝した。日本古来の建築様式を伝えるその建物は威厳に満ちていた。高校生らしき200人くらいの集団がかしわ手をたたき、深々と頭を下げていた。ここでも、左隣の敷地で遷宮のための建て替えが行われており、完成間近のようだ。茅葺の屋根には金色の金具で飾られた10本の鰹木(かつおぎ)が載せられ、輝いていた。

 20年後にはまた再び、同じように社殿や鳥居、装束などが一新される。持統天皇の7世紀の時代から始まった式年遷宮は、伝統や様式を正確に伝え続けているのだ。

 私は女房に話しかけた。「20年後、次の遷宮も、二人でお参りしたいね」。すると女房から意外な答えが返ってきた。「えーっ、やめてよ。もう少し早く死んでちょうだい」。「だって、これから20年も三度の食事を作るなんて、堪忍してよ」。     「・・・」。
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