森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

アケビの花と友人・・・

 ここ生石高原の森では、アケビの花が咲き出した。花には赤紫色と白色の二種類あるが、わが山小屋のアケビは赤紫色である。逆光に浮き立つ花びらは実に鮮やかで、自然界が生み出した絶妙の色彩だと思う。

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 実は、この花には悲しい思い出が重なっていて、花を見る度に切なくなる。

 9年前のゴールデンウィーク、会社の同僚A夫婦が山小屋へ遊びに来て、ひと晩泊まってくれた。帰り際、アケビの花を見つけた奥さんは「何と美しい」と感嘆の声を上げた。アケビの蔓を手繰り寄せ、花をかざす夫婦をカメラに収めた。

 この写真はアルバムに貼ってあり、今も手元にある。写真のAは、はにかむような笑顔を見せ、穏やかな性格そのままに映っている。しかし彼は、もうこの世にいない。

 そのアケビの頃からしばらくして、Aに癌が見つかった。進行性が強く、あっけなく死んでしまった。知人や職場の同僚たちの見舞いを拒み、葬儀も家族だけで済ませた。亡くなるひと月ほど前、電話で少し話した。相変わらず生真面目な口ぶりだったが、どこか死を覚悟していたようにも思えた。

 Aと私は20歳代のころ、地方都市にある会社の出先機関で一緒に働いていた。結婚することになった私は、先に結婚していた彼に住居について相談した。すると、雇用促進住宅という安いアパートがあることを教えてくれた。彼はすでにその住宅に入居していたのだ。

 家賃は月4000円だった。当時の私の月給からすれば、分相応の家賃だったと言える。Aとは別の雇用促進住宅が空いていたのですぐ契約し、そこが私たち新婚生活を始める新居となったのだ。

 雇用促進住宅は、炭鉱離職者のために建てられた住宅だったが、炭鉱で働いていた人たちばかりではなかった。住人たちはみんな親切で、居心地の良い住環境だった。40年近く経った今でも年賀状をやり取りしている人もいる。

 建物は、公団住宅のような造りになっており、家賃が安い分、中は狭い。ドアを開けるといきなりキッチンがあり、その続きに3畳ほどの部屋があった。その奥には6畳の居間兼寝室があり、引き戸一枚隔てて風呂があった。風呂と居間が一緒になったような構造なのだ。

 今では考えられないような1DKの住宅だが、それが普通だろうと思い、別に気にならなかった。しばらくして、女房の家族が高級外車に乗って新婚生活の様子を見に来た。外車を持つ実家の暮らしと、つましい新婚生活の落差にさぞ驚いたことだろう。

 それから何年か経って二人とも本社に帰った。互いに釣りが趣味で、並んで竿を出すこともあったし、飲みにもいった。そんな時は、地方都市で勤務した頃の思い出話が多かった。特に、雇用促進住宅の暮らしぶりを自虐的に語り合い、爆笑した。

 アケビの花はAの顔と重なり、瀬戸内の海が光る地方都市でともに働いた若いころを思い出させる。切なく、やるせない美しい花である・・・。
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