森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

北アルプス喜作新道

 この夏も、出来れば北アルプスへ行きたいと思っている。安曇野の中房温泉から合戦尾根を登り、燕岳から北アルプス表銀座縦走路、東鎌尾根の切り立った難路を辿り、槍が岳をめざす計画を立てている。

 このコースは、健脚なら1泊2日、われらのような高齢者でも2泊で槍が岳に到達できる。これは大正9年秋に開通した「喜作新道」のお陰である。それまでは、燕小屋から大天井岳、横通岳、常念小屋を経て一旦槍沢に下り、槍が岳に登らなければならなかった。最低でも3、4泊くらいの行程だった。

 大天井岳から槍が岳に直登するこの登山道を拓いたのは、地元の猟師だった小林喜作である。大正時代は北アルプス登山の黎明期であり、新道開削はそんな時代を象徴する難工事だった。登山道の岩肌には喜作の業績を讃えるレリーフがはめ込まれており、登山者は感謝と敬意の念を込めて喜作像を仰ぎ見ている。

 私は、今度の登山で歩く喜作新道と小林喜作という人物についてもっと知りたいと思った。早速ネットで「喜作新道 ある北アルプス哀史」(朝日文庫、昭和61年発刊)を取り寄せた。著者は「ああ野麦峠 女工哀史」で知られる山本茂実である。

vcm_s_kf_repr_351x468_20130714204121.jpg

 喜作は、今の安曇野市牧の猟師で、北アルプスの山岳地帯を駆け回り、カモシカ、猿、熊などを狩っていた。猟師は耕す田畑もない社会の底辺で暮らす人の仕事だった。そんな極貧の生活から這い上がろうと、喜作も命を賭けて断崖絶壁を駆け回った。

 彼の猟師としての腕前は、ピカ一と言われた。猟による獲物が人より多かった上、仲間から毛皮を買い取って転売したり、雷鳥のはく製を小学校などに売ったりして金を稼いだ。次第に豊かになり、田畑も買って財を築いた。このため周囲から嫉妬を買い、がめつい、金のためなら何でもするという芳しくない噂が広まった。

 折しも、登山ブームが起きていた。北アルプスは彼の猟場であり、山を知り尽くしていた。登山の案内役も引き受け、学習院大学の金持ち学生らから高額の案内料を取っていた。そんな経験から、槍が岳への便利な登山道を開削し、槍が岳直下に山小屋を建てれば儲かると踏んだ。

 彼は息子と二人で3000mの絶壁で登山道開削に取りかかった。からみついたハイマツを鉈一本で伐り、邪魔になる岩石を砕く。人夫を雇っても余りの重労働に耐えられず、2、3日で逃げられた。全長7キロの道を拓くために3、4年かかったという。

 次は、槍が岳直下に「殺生小屋」と名付ける山小屋の建設だ。自ら重さ60キロものトタンを担ぎあげ、人夫を叱咤して工事を進め、大正11年、開業にこぎつけた。すると、登山客が殺到し、笑いが止まらないほど儲かったという。

 冬を前に小屋を閉め、猟を再開した。しかし翌年3月、仲間と猟をしている最中に雪崩に遭い、死亡した。獲物の分け前を巡って争いになり、殺されたという説もあるが、真相は闇の中である。

 著者は「あとがき」で、「野麦峠を越えて働きに行った女工が哀史というなら、百姓は何と言ったらいいのか?工女よりもまずいものを食い、もっとひどい重労働をして工女の三分の一も収入がない。そういう農村の中に鉄砲撃ちと呼ばれる人がいる。つまり猟師は一番貧乏人だった」と書いている。喜作もそんな境遇から這い上がった人物である。

 槍が岳の山頂に立つと、その直下に赤い屋根の「殺生ヒュッテ」が見える。かつて喜作が建てた同じ場所だろう。そのちょっと上の岩場に「ヒュッテ大槍」の建物も見える。そこになぜ二軒の小屋があるのか不思議に思っていたが、この本を読んで小屋同士の競争など、さまざまな思惑や事情があることを知った。

 人が歩けば道になると言う格好いい言葉があるけれど、山岳の登山道はそんな生易しいものではない。汗みどろで開削した人がいるし、補修を続ける人たちもいる。予定通り北アルプスに行けたら、「喜作新道」を踏みしめながらその苦難の歴史に思いを馳せたいと思う。そして、道に感謝したい・・・。
 


 
スポンサーサイト
   07:04 | Comment:2 | Trackback:0 | Top
 
 
Comment
 
 akemi [URL] #NQc8Eg4k
ひまじんさんのブログ・・・とってもおもしろい。私もこの本読みたくなった。私は本や地図が大好きです。去年もそうでしたが、ほんと登山道を作った人維持管理する人たちに感謝です。そして私もいつか北アルプス縦走に出かけたいと思います。きっとどこかでお逢いしましょうね。
 2013.08.28 (水) 13:53 [Edit]
 森に暮らすひまじん [URL] #-
   akemi さんへ

 ブログを面白いと言っていただき有難うございます。
これからも、肩に力を入れず書き続けようと思っています。暇な時に、読んで下さい。
 わが山小屋の食卓の下には、山の本と山岳地図を積んでいます。これらを見ない日はありません。今も穂高の本を読んでいます。いずれブログで書きたいと思っています。
 「あら、お久し振り」・・・。いつの日か、そう言って再会出来る日を楽しみにしています。
 2013.08.29 (木) 07:54 [Edit]






(編集・削除用)

 

管理者にだけ表示を許可
 
 
Trackback
 
http://yoko87.blog74.fc2.com/tb.php/860-4181cf77
 
 
カレンダー
 
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
 
月別アーカイブ
 
 
カテゴリー
 
 
ブログ内検索
 
 
全記事表示リンク
 
 
 
訪問者数
 
 
ランキング参加中!
 
 
リンク
 
 
PR
 
 
PR
 
 
PR