森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

母のこと・・・

 お盆の前ごろだったか、高校時代の友人から長文のメールが届いた。それは、母親を追憶する内容で、母親の生い立ちから秘密めいたことまで詳しく書かれてあった。

 この一文を読んで、よくもまあ詳しく調べたものだと感心した。それに対して私は、母が亡くなって30年ほど経つが、母へのおぼろげな記憶があるだけで、文章にまとめるほど母親のことはよく知らないのだ。

 今回、友人からメールをもらってそのことに気付かされ、母に対する申し訳ない気持ちになり、胸がチクリ痛んだ。同時に、長い間忘れていたことを思い出させてくれた。確か、母からの手紙がそっくり残っているはずだと・・・。手紙は母親を知る手掛かりになるはずだ。

 ただ、この何十年か、手紙の束を解いて読み直したことはない。しかも、親元を離れて大学に入り、就職し、結婚し、何回かの転勤を繰り返し、引っ越しは12回を数えた。その度に手紙も場所を替えたはずだが、紛失せずに残っているかどうか、自信がなかった。

 先日、親類の結婚式で大津の自宅に帰り、納戸や押し入れなどを探した。やはり、ちゃんとあった。手紙はニッカウヰスキーの箱に入れ、押入れの天袋の奥にしまわれたてあった。私は若い頃、よくブラックニッカを飲んでいたから、身近にあったウイスキーの箱に手紙を入れておいたのだろう。

 母は、私の小学生のころから手と足が不自由になり、中学生の頃になるとほとんど寝たきりの生活になっていた。それでも不自由な手でペンを握り、親元を離れた私にせっせと手紙を送り続けた。まだ手紙の数を数えていないが、100通、いや200通くらいあるかもしれない。

 手紙は和歌山の山小屋に持ち帰ったが、数日経った今も手紙を読めないでいる。うまく書けないが、読むのが怖いのだ。母は私をどんな目で見ていたのか、何を伝えようとしていたのか、母の思いに応えない自分がいたのではないか・・・。そんな思いが、読むのを逡巡させている。
 
 とりあえず1通だけ取り出し、読んでみた。便箋2枚に細かい字がびっしり並んでいた。手が悪いので、字が曲がっていたりして達筆という訳ではなかった。文面も飾らない素朴な内容だった。ただ明治人らしく、難しい漢字を間違いなく綴っていた。

 恥ずかしいが、原文を書き出してみた。

 「昨日の日曜日に帰る事と思ひ、柿も井戸のそばの木に五、六つなっていますのでちぎらず残して、お布団も母ちゃんが苦労してぼちぼち三枚仕上げて、帰ったらこの仕立てだての暖い布団で寝さしたいものと待って居ました・・・」

 続けてこんな事も書かれていた。「炉に火を入れてもらって毎日一人ぼっちで留守番をして居ます」「昨晩ニュースを見ていたら同じ大学の学生が登山して転落死され、ドキッとしました」「この前帰って来た時は顔色が悪かったので心配していました」「まあ何より体が大事ですから夜ふかしをせないよう、又帰る日を待って居ります」

   ・・・ ・・・   
 
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   12:39 | Comment:8 | Trackback:0 | Top
 
 
Comment
 
 アガタ・リョウ [URL] #-
 兄貴、お久し振りです。文面は短かったですけど、涙が出て来ますね。私は、毎日、親子漫才遣ってますが、今と違って、母親は倅に手紙呉れてましたね。素直に、母の有難さを頂戴してました。

 今の時代は、電話も在って肉声が聞ける訳ですし、私の様に毎日顔を見合わせて居ても、矢張り文字は違いますからね。言葉は一部しか脳裏の片隅にしか残りませんが、手紙は言葉の一字一字に、そして行間に想いが一杯溢れて居る。人間の大事な心情表現ですからね。

 こんな思いをブログから頂戴した事に、感謝感謝です。
 2013.09.02 (月) 13:45 [Edit]
 森に暮らすひまじん [URL] #-
     アガタ・リョウ さんへ

 こちらこそご無沙汰です。ブログは女房ともども愛読しています。手厳しい論調に拍手しています。
 実は私も手紙を読みながら泣きました。女房が不思議そうに眺めていました。
 アガタさんはお母さんがまだ健在でいいですね。
男にとって母親はいつまでも母親であり、特別な存在ですね。そこのところは、女性には少し分かり難いかもしれませんね。
 コメント有難うございました。
 2013.09.02 (月) 18:47 [Edit]
 akemi [URL] #NQc8Eg4k
素敵なお母様ですね。私も涙あふれる思いで読ませていただきました。母ってこんななんですね‥・私は20年ほど前に両親を亡くして、子供もいません。手紙をもらった記憶はないのですが送ってもらった小包にお菓子やらどこにでもある物が入っていて母の愛情を感じてました。だけどなんの親孝行もせず、逝ってしまった母にはいいときがあったんだろうか、何を思い日々暮らしてたんだろうっておもうことがあります。ひまじんさんには手紙という宝物があっていいですね。怖くて読めない気持ちはよくわかる気がします。どうぞ大切にしてくださいね。
 2013.09.03 (火) 19:21 [Edit]
 森に暮らすひまじん [URL] #-
     akemi さんへ

 おはようございます。
こちら紀伊山地は雨ですが、そちらはもっと降っているのではないでしょうか。
 そうですね、手紙の束は宝物ですね。
読みながら涙を流し、あぁ親不幸だったなあと後悔ばかりしています。
  akemi さんはお若いのに、すでにご両親を亡くされているのですね。寂しいですね。
 「小包にお菓子やらどこにでもある物が入っていた」という下りには私も思い当たることがあり、ハッとさせられました。
 2013.09.04 (水) 09:29 [Edit]
 マダム半世紀 [URL] #-
こんな手紙を読んでたら、泣いちゃうなぁ~と思いながら読ませて戴きました。

息子よりも娘の方が、母親の人生をなんやかやと聞いてる気がします。
私も母を早くに亡くしましたが、父との恋愛話を含めて、色々聞いたり聞かされたりしました。
でも、手紙は貰わなかったし(多分^^;)持っていません。

母親のことは良く知らなくても、その手紙の中には昔のままのお母様がいらっしゃるのですから、それで十分かも・・・ですね。
ニッカウヰスキーの箱は宝箱でしたね。

 2013.09.04 (水) 12:25 [Edit]
 ボーダ [URL] #-
私は母が9歳のときに他界したので、ひまじんさんよりもっと重傷で、お母さんと声に出して言うと自動的に涙が出るので、言えないほどです。冗談みたいに聞こえますが、わりと本当なんです。相棒が母について質問して来たときも、悲しいとか思ってもいないのに、なぜか目から涙が出始めるんです。ひまじんさんのように手紙の一通でもあってくれたらいいのに、と思います。でも、昔は手紙や写真が残ったりしていいですね。今や、すべてデジタルで、写真やメール、果たしていつまで残るんでしょうかね。
 2013.09.04 (水) 12:53 [Edit]
 森に暮らすひまじん [URL] #-
   マダム半世紀 さんへ

 有難うございます。ウイスキーの箱は宝箱ですね。
まだ全部読んでいませんので、いつパンドラの箱になるか、少しビクビクしています。

 おっしゃる通り、母親の事は息子よりも娘の方がよく知っているのでしょうね。私には姉がいますので、いちどゆっくり母の事を聞きたいと思います。

 「手紙の中には昔のままのお母」・・・。いい言葉ですね。
 2013.09.04 (水) 18:13 [Edit]
 森に暮らすひまじん [URL] #-
   ボーダ さんへ

 9歳の時に亡くなったとは、早過ぎですね。
「お母さん」と声に出す・・・。
自然と涙がでてくるというコメントはよく分かりますし、胸に響きます。

 ボーダさんにとって、お母さんの面影はベールの中かもしれませんね。それだけに想像が膨らみ、涙を誘われるのかもしれませんね。

 ボーダさんが一人になって、「お母さん」とつぶやく姿が目に浮かびます。

 
 2013.09.04 (水) 18:29 [Edit]






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