森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

室生寺の十一面観音

 朝、急に思い立ち、奈良の室生寺へ行くことにした。急いで用意し、朝10時過ぎ、車で大津の自宅を出発した。女房は「女人高野」の室生寺に一度お参りしたいと言ってきたので、すぐに話がまとまった。高野山は明治の中ごろまで女人禁制だったが、室生寺は鎌倉時代から女性に門を開いていた。今も、女性に人気のスポットである。

 私の行きたい理由はただ一つ。国宝の十一面観音を拝観するためだ。自宅の本箱に、一冊の写真集が表紙をこちらに向けて立てかけてある。平凡社ギャラリー「十一面観音」(井上靖著、絶版)である。この表紙の観音さんこそ、室生寺の国宝十一面観音である。

 写真集を買ったのが1983年だから、室生寺の観音さんとは31年に及ぶ長い付き合いである。こんな言い方をすればひんしゅくを買うだろうが、ともかく、観音さんは絶世の美人である。ふくよかな顔立ち、切れ長の目はどこかあどけなさ感じさせる。小さな口元からは、秘めた意志の強さが伝わって来る。

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 観音さんは男性でもなく、女性でもない。性を超越した姿だろうが、それをどう受け取るかは自由だと思う。仏師は芸術家ではなく、自身の信仰心を仏像という形に表現しようとしたのだと思うが、この像を彫った平安初期の仏師に、その時代の「美」が意識されていないはずはない。

 つまり何が言いたいかと言うと、この観音さんの「美しい顔」は、1300年前の一つの標準だったということである。つまり、美しいと思う顔立ちは現代とそれほど違わないのだ。現代は、ブス、デブ、ハゲと呼ばれる人たちもテレビなどで活躍し、大いに結構なことだ。しかしやはり、沢尻エリカのような人は平安の昔も、誰もが認める美人だったはずだ。

 私が何を妄想しているか、女房は知る由もなく、軽トラの助手席で神妙にしている。1時間余りで奈良市に入り、天理から西名阪に入った。針インターで下り、山の中の道を走り続けた。「室生」の標識が見当たらず、不安になることもあった。

 実は、私が室生寺を訪れるのは二度目である。「十一面観音さんを拝みたい」などと偉そうに書いているが、前回拝観しているはずなのにまったく記憶にない。私の「観音ファン」もにわか仕立てであり、いい加減なものである。

 やっと室生寺に着いた。ちょっとケチ臭い話になるが、駐車料金600円を倹約するため、1キロほど手前まで引き返し、林道のような場所に車を止めた。言い訳ではなく、あたりをの風景を眺めながら寺まで歩けば、室生川のせせらぎが聞こえ、なるほど「山寺」という室生寺の別名を実感できるのだ。

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 たいこ橋を渡り、仁王門をくぐる。そして鎧坂と呼ばれる石段を登れば、古色蒼然たる国宝の金堂だ。この中に、あの十一面観音さんがおわす。年寄りのたわ言だが、淡い恋心、プラトニックラヴ・・・なのだ。

 金堂の廻り廊下から拝観した。中央の国宝釈迦如来立像に少し顔を向けただけで、後は左端の十一面観音像に視線が吸い寄せられた。想像した通りの美しい顔立ちだった。像の高さは196センチ、ヒノキの一木造り。装飾も豊かだ。私はリュックに入れていた双眼鏡を取り出した。

 観音の里と呼ばれる北近江の人たちは「直接観音さんを見ると目がつぶれる」と信じており、厨子が開けられても顔を伏せ、ひたすら念仏を唱えるのだ。なのに、双眼鏡で覗くなんてバチ当たり、不遜な行為である。双眼鏡のピントを合わせたその時、絶世の美女が飛び出して来たのだ。3Dの映像を見るのと同じだった。

 金堂には、重文の地蔵菩薩や十二神将など数々の像が安置されていたが、姿や顔立ちはまったく思い出せない。重文の弥勒堂に安置されていた国宝の釈迦如来坐像もよく覚えていない。十一面観音さんだけで頭が一杯になっていた。

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 金堂左手の長い石段を登ると、国宝の五重塔だ。平成10年9月、台風で塔に杉の木が倒れかかり、大きく壊れた。今は修復され、優美な姿を見せていた。ここから400段ある石段を登り、奥の院に参拝した。寺域からは真言密教の神秘性が迫ってきて、厳かな気分になった。シャクナゲの季節にまた来たいと思う。

 ここの十一面観音さんには「暴悪大笑面」がないという。普通、観音さんの頭には十か十一の仏像が載せられており、真後ろにあるのが「暴悪面」である。これは悪を笑い、人間を悪に向かわせないよう導く像である。なるほど、この美しい観音さんに邪悪な形相の「暴悪面」はそぐわない。仏師の意図を感じる・・・。

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   07:26 | Comment:2 | Trackback:0 | Top
 
 
Comment
 
 イレグイ号 [URL] #-
森に暮らすひまじんさん、
お久しぶりです。
僕も3年ほど前、真冬の宇陀を訪れました。一応、仕事で大宇陀にあるお菓子屋さんに挨拶に行ったのですが、あまりの寒さにおののきました。
このあたりは歴史のあるとこらしく、たくさんの名所があると聞きました。
いつかは仕事抜きで行きたいものです。

和歌山もこの2日間は相当寒くなっています。明日も最低気温はマイナスだそうです。
生石山へ戻られるのはもう少し先になりそうですね。
 2014.02.05 (水) 23:56 [Edit]
  [URL] #-
    イレグイ号 さんへ

 こちらこそ、ご無沙汰です。
船では、そこそこの釣果があるようですね。
船の塗装も新た、頑張って釣って下さい。
 室生寺周辺はいいですね。
歴史の息遣いが伝わってきます。
帰りは曽爾高原に立ち寄りましたが、
やはり生石高原の方が一枚上だと思いました。
 4月上旬には山小屋生活を再開する方針です。
山菜の季節には、来て下さい。
 2014.02.06 (木) 17:35 [Edit]






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