森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

山焼きは観光か、自然保護か・・・生石高原

 今日も、生石高原を1時間余り散歩した。先日の5日と6日に降った雪は、ここ数日の好天ですっかり消えた。風はまだ冷たいが、日差しは春の柔らかさだ。フキやワラビ、山ウドはまだ地中に眠っており、タラの芽だけが少し膨らんできた。

 高原は一面キツネ色である。本来であれば、高原のススキが焼かれ、黒くなっているはずだ。しかし今年は、強風や残雪のため、山焼きが行われなかったという。

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 山焼きは、紀美野町と有田川町が1年交代で実施している。今年は有田川町の番だったが、予定日は強風のため中止になった。予備日にも多くの人が見学に来たが、ススキの間に少し残雪があったらしく、急きょ中止になったと聞く。

 見学者の中には、やれば出来るという声が上がったという。しかし、町側の説明はなく、批判の声が上がった。急いで町の職員が山に上がって来て説明し、その場は治まったらしい。

 確かに山焼きは、猛烈な炎が上がるので、風が吹けば危険だ。実施するかどうかは責任者の町が決めればいい。そのことに文句を言うつもりはない。しかし山焼きは本来、ススキの害虫を駆除し、芽吹きを促すのが目的だ。町側は、その本来の目的を忘れているのではないかと思う。

 生石高原の山焼きは、平成14年から始まった。この13年間で、実施されたのが計8回だけである。東北大震災が起きた平成23年は、自粛して行われなかった。そして翌年も気象条件で中止、その次の年は行われたが、今年はまたも行われなかった。ここ4年で山焼きが行われてのは、たった1回である。

 そもそも、大震災の時に自粛したのが分からない。昭和天皇が崩御された時は、歌舞音曲が自粛され、盛り場など街の灯が消えたことを思い出す。それは日本の哀悼の示し方であるが、震災があったからと言って、害虫駆除の山焼きを中止するのは、まことに陳腐としか言いようがない。

 山を燃やすなんて不謹慎だと思うのは、いかにも役人らしい発想である。その根底には、世間の批判を浴びたくないという狭量で、保身的な考え、つまりはお役所仕事がこの地方の役場にもはびこっているのだ。

 聞くところによると、山焼きは「観光課」が担当しているという。これも驚きだ。なるほど、勇壮な山焼きを楽しみにしている人は多く、アマチュアカメラマンも来るので、観光にもなる。だが本来の目的は自然保護であり、例えば「環境課」が担当すればいいと思う。「観光課」は、まさしく本末転倒の表れなのだ。

 山焼きを実施するには、消防や役場の職員など多くの人手が必要で、それは分かる。しかし予備日を少し増やし、人手を柔軟に動員できるよう、工夫すればいいと思う。余りにも硬直的な実施方法であるため、本来の目的を果たせないでいるのだ。生石高原の自然を愛する者として、苦言を申し上げる・・・。

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