美しい山村風景と限界集落の現実・・・

 生石高原を下り、買い物に出かけた。その帰り道、今まで一度も通ったことのない山道を走ってみた。かなり遠回りになるが、どんな風景に出会えるか、楽しみである。急がない時、いつもこうして知らない道を走ることがある。

 山道に入って半時間ほど、小さな集落があった。農家の庭先には、ピンクや白の芝桜が植えられ、今が見ごろだ。いつも感心するのだが、日本の山村は美しい。逆に、都会では庭先に自転車や不用品などが乱雑に置かれるなど、きれいとは言えない家もある。

 言うまでもないが、山村にはお年寄りが多い。いや、お年寄りしかいないのだ。彼女たちが農家に嫁いで来た時、家を美しくする姑の背中を見てきたに違いない。それが農家の良き風習として現代にも生き続けているのだろう。その一方で、都会の乱雑さは、共働きなど生活スタイルとも無縁ではなかろう。

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 つづら折れの道を登った。すると眼下に美しい山村の風景が広がっていた。軽トラを止め、見入ってしまった。集落の背後の山には山桜が咲いている。里山には桃色や白い花が咲いていた。

 狭い段々畑には、山椒の木が植えられている。おそらく昔は、ここで稲作をしていたのだろう。近年はちょっとした山椒ブームである。山椒の実を収穫して売る方が、米よりお金になるのかもしれない。

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 こんな風景を見ていると、「桃源郷」という古代中国の言葉を言ってみたくなる。それは、この世のものと思われない美しい場であり、人々が心の中に描く理想の世界なのだと思う。西洋の言葉では、同じ理想社会を指す「ユートピア」だろう。

 しかし、この山あいの美しい自然を「桃源郷」とか「ユートピア」などと呼ぶのは少し情緒的だと思う。ここは、人口の5割以上が65歳以上という「限界集落」なのだ。少子高齢化という現代日本の縮図だろう。

 日本の人口は減少に転じている。あと30年ほどすれば1億人を切り、22世紀には5000万人を割り込むとの予測がある。そして今世紀半ばには、全国で500以上の市町村が消えてしまうという。

 とすれば、この美しい集落の前途もまた、楽観出来ない。集落の背後には、少子高齢化、過疎化、限界集落といった現実が横たわっている。情緒的になってばかりいられない・・・。

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