朝顔を植える・・・

 ふと、朝顔を植えてみたいと思った。種を買うためホームセンターに出かけた。店の棚にはたくさんの種類の種が売られている。大輪の花、まだら模様の花、背丈が伸びてグリーンカーテンにもなる朝顔・・・。

 しかし私は、青い花だけの種が欲しかったが、いくら探してもなかった。昔と違って今は品種改良が進み、一株で赤、青、白など色とりどりの花を付ける種が売られている。一色だけの種など買う人がいないのかもしれない。

 使っていないプランタンに畑の土、腐葉土、有機石灰を混ぜて入れ、種を播いた。プランタンはウッドデッキに置き、居間にいながら花を楽しめるようにした。芽が出るのが楽しみだ。毎日ジョウロで水をやろう。竹を組んで、蔓を這わせようと思う。小学生の自由研究みたいである。

 私は花が好きである。しかし、まめに花の世話をするような性格ではない。思い返せば、小学生のころ、イチゴの苗を植えたくらいしか覚えていない。イチゴの成長を見守るというより、甘い果実を食べたかったのだと思う。

 そんな私が朝顔の種を播く・・・。

 最近私は、父親の事をよく思い出す。なぜ父親なのか分からないが、生前の父親に母親ほどの親近感がなかったのかもしれない。贖罪感というのだろうか。しかし、湿っぽい思い出ではなく、からっとした明るさがある。

 実は、父親が栽培する朝顔も思い出の一つである。父親は毎年、植木鉢に朝顔を咲かせていた。三段の棚を作り、一段に5鉢ずつくらい置いていた。割った竹に蔓を這わせていたが、高さはせいぜい50センチくらいだったように思う。

 すべての花が、インクを流した様な鮮やかな青色だった。早起きの父親は、不機嫌な顔をしながら朝顔に水をやるのが日課だった。内心は美しい花に喜びを感じていたのだろう。花にしたたる水滴がキラキラ光っていたのを思い出す。

 朝顔の栽培は、父親の記憶を追っていて唐突に思いついたのだ。プランタンで朝顔が育ち、花が咲けば、忘れ物が戻ってくるような小さな願いが叶う・・・。

vcm_s_kf_repr_351x468_20140605093459b31.jpg

vcm_s_kf_repr_468x351_20140605093533024.jpg
スポンサーサイト

コメント

こんばんは。
私は幼稚園の時に父を亡くしたので、父親への思い出は限られています。父と息子の関係は、こう云う関係なんでしょうね。多くを言わ無くても、自分の中に父親が居る。歳を取れば取るほどに、自分の中の父親が姿を見せる様に為る。倅は、父親の分身であると同時に、父親は、倅の分身でも在る。きっと、血と云う物は、そう云う物なんだと思います。

まぁ、私も父親で、倅とは普通に話しをしますが、男同士と云う物は、母親とは違って物は喋らずとも、父親は背中を見せて、倅は父親の背中を見て居るんでしょうね。父親が早く死んだ分、私は倅に私の背中を見せ続けたいと考えて居りまする。

 お久し振りです。コメント有難うございます。
貴兄が早くにお父さんはを亡くされたのは承知していますが、幼稚園の時とは早かったですね。
 父親という存在の大きさを知るのは年を取ってからですね。仏さんの前で手を合わせる時、いつも「有難う」とだけ呟いています。それ以外に、適当な言葉がみつかりません。
 でも、貴兄と違って、多くの思い出があるので幸せなのでしょう。どうか、息子さんたちに大きな背中を、時に寂しげな背中を見せてやって下さい。
非公開コメント

カレンダー

01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -

月別アーカイブ

ブログ内検索

全記事表示リンク

訪問者数

ランキング参加中!

PR

PR

PR