森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

映画「柘榴坂の仇討」・・・本懐とは

 映画「柘榴坂の仇討」を観てきた。浅田次郎の同名の短編小説を映画化したものだ。主演は、井伊大老の近習で、お駕籠回りを務める彦根藩士の中井貴一である。その妻を広末涼子、大老暗殺グループの生き残りとして追わ続けた水戸浪士を安部寛が演じていた。

 井伊大老は雪の桜田門外で、浪士らによって殺害された。襲撃の直前、訴状を掲げる浪士が現れ、武門の象徴の長槍を奪われた。中井演じる志村金吾がこの男を追い、胸に一太刀を浴びせて現場に戻ると、すでに惨劇は終わっていた。金吾は切腹さえ許されず、上役から残党5人の追跡を命じられた。妻セツが酌婦をしながら金吾を支えた。

 暗殺から13年の歳月が流れ、金吾はついに最後の残党に巡り合う。すでに徳川の時代は終わり、明治新政府は廃刀令や仇討禁止令など矢継ぎ早に新政策を発令、ちょんまげを切るよう奨励もした。もはや武士の時代は終わりつつあったが、金吾はいつも腰に二刀を差し、身も心もラストサムライだった。

 金吾は雪降る夜、人力車に乗り、椿が咲く柘榴坂を上った。車夫は直吉と名乗り、両親は自分の不始末で自害したと打ち明けた。金吾の両親も息子が大老を守れなかった責任をとり、自害している。いま人力車を引いているのは、長槍を奪ったあの男である。忘れもしない佐橋十兵衛だ。二人は柘榴坂の路上で、刃を合わせた。

 主君の無念を晴らすため耐えに耐えた13年。目の前にいるのは、ついに追い詰めた仇敵である。「仇討」と書けば、「本懐を遂げる」と続くのが武士のならいである。赤穂浪士も吉良上野介の首をとり、本懐を遂げた。元禄の世の人々は、その義挙に快哉を送ったのだ。

 しかし金吾は本懐を遂げようとしなかった。柘榴坂の椿の垣根を指し、「佐橋殿、そなたも、この垣根を越えてくれまいか。わしも、そうするゆえ」と言って、刀を収めた。浅田作品には時々、このような特有の「気取り」がある。正義感か、それとも分別か。私は余り好きでない。

 私のような凡人が描く小説の結末は、金吾が佐橋を斬り、あくまでも主君の仇を討つ。本懐を遂げたあとは、主君に殉じるため腹を切る。しかし映画は、アメリカ映画のようにハッピーエンドである。仇討の呪縛から解き放たれた金吾と佐橋には安堵感がにじむ。何だかホームドラマのようで、時代劇ファンとしては物足りなかった。

 映画化された「柘榴坂の仇討」は、短編集「五郎治殿御始末」の6編のうちの一つである。私はかなり前に6編全部を読んだが、「仇討」は特に印象に残る作品ではなかった。それよりも、浅田作品らしく大いに泣かせる「椿寺まで」や、桑名武士の矜持を描き、笑わせ泣かせる「五郎治殿御始末」の方が良い作品だと思った。

 それはさて置き、中井貴一は凛とした武士の姿を上手に演じていた。随分前の話だが、晩酌しながら女房に「中井貴一は相変わらず大根役者やなぁ」とこき下ろしたことがある。しかし彼が齢を重ねるごとに、いい味を出せる役者になったと思う。時代劇にはなくてはならない役者の一人だと思う。
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   07:17 | Comment:4 | Trackback:0 | Top
 
 
Comment
 
 アガタ・リョウ [URL] #-
 こんばんわ。夕刻に成るとすっかり冷えて来て、肌寒い限りです。

 中井貴一は、平成始めの東映やくざ映画激動の1750日を観て以来、これは高倉健を次ぐ好い役者に為ると注目して来た俳優さんです。

 そうでしたか、ハッピーエンドの結末でしたか。それは残念でしたね。兄貴。

 未だ若いのに、残念ですね。網走番外地シリーズの健さんは、鶴田浩二演ずるヤクザ像と違って、怒気を含んだ未完成さが在って、私は大好きでしてね。

 怒気を含んだ未完成さが、中井貴一の中に、年齢と共に如何昇華されて行くのかが注視点だったんですがね。父親の佐田啓二に無い怒気の匂いを、彼の持ち味として行って欲しいと願っているんですがね。

 兄貴推奨の新撰組隊士を描いた映画では、彼は好演して居ましたが、人が好過ぎた映画解釈でしたね。

 仰る通り、気取り、正義感、分別が表に出過ぎると、日本刀の怖い程の凄みが後退して仕舞うんじゃないでしょうかね。時代劇の中には、時代に阿らない、その時代を描き切って、正々堂々と、その時代と現代の違いを見せて欲しいと思うんですがね。へへへ。
 2014.09.30 (火) 18:24 [Edit]
 イレグイ号 [URL] #-
僕達の世代は「ふぞろいの林檎たち」のサラリーマン役が印象に残っています。
最近ではサラリーマンから電車の運転手になった映画を見ました。現代劇ばかりですが、かっこいい俳優さんだと思います。

浅田次郎や重松清という作家は、「必ず泣かせるぞ。」いう書き方をしているような気がしてどうも好きにはなれないのですが、何かのタイミングで無性に読みたくなる作家ですね。
 2014.09.30 (火) 21:30 [Edit]
  [URL] #-
     アガタ・リョウさんへ

 おはようございます。
お隣の御岳山はすさまじいことになっていますね。
心が痛みます。
 私は浅田ファンでほとんどの作品を読んでいますが。
最近は、ちょっと鼻についてきました。
良識派というか、リベラルというか・・・。
リョウさんがおっしゃる通り、日本刀の切れ味、凄味が後退しています。
 2014.10.01 (水) 06:39 [Edit]
  [URL] #-
     イレグイ号さんへ

 確かに、泣かせるぞ、笑わせるぞという意図が見え見えです。まぁ、それはそれでいいのですが、作品の質の低下になるのではないか、心配しています。
 浅田作品では、壬生義士伝が秀逸でしたが、その後はいい本に出会っていません。「終わらざる夏」「一路」は大作ですが、私にはいまいちでした。
 2014.10.01 (水) 06:49 [Edit]






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