おめでとう・・・羽生、宇野が金と銀

 1週間ほど前、歯の治療から自宅に帰ってテレビをつけると、平昌五輪の女子アイスホッケーを放送していた。日本の対戦相手は、韓国と北朝鮮の合同チームである。合同チームがパックを奪う度に、会場を揺るがすような歓声が上がり、異様な雰囲気に包まれていた。

 まるで韓国が勝っているかのようだったが、第1ピリオドのこの時点で日本は2対0で勝っていた。第2ピリオドで合同チームが1点を返すと、北朝鮮の美女応援団が踊り出し、ボルテージは上がる一方だ。しかし結局、日本が4対1で五輪初勝利を飾った。

 開催国だから声援が2倍、3倍になるのは当然だが、いくら何でもやり過ぎだと思った。しかも反日ムードを煽る両国の歓声に苛立った。いずれブログで、この厄介な隣国に苦言を呈したいと思っていた。

 しかし、それは間違いだった。16日から始まった男子フィギュアスケートで羽生結弦、宇野昌磨の2選手がスケートリンクに姿を現すと、おばさん連中から恥ずかしいほどの黄色い声が飛び交い、観客席は日の丸の旗が百花繚乱である。

 観客席は女性が圧倒的に多いし、その三分の二は日本人と見受けられた。手製の横断幕やプラカードを打ち振る姿は、コンサート会場に現れた追っ掛けファンの様相である。

 しかし、これからが大変である。17日に行われたフリーの演技で、羽生と宇野が高得点をたたき出し、アリーナはどよめきに包まれた。そして羽生の金メダル、宇野の銀メダルが確定すると、半狂乱とも思える悲鳴が上がった。お漏らししたご婦人もいたに違いない。

 わが家でも、テレビにかじりついた。女房は昔からスペインのフェルナンデスのファンで、彼がジャンプを飛ぶと拍手を送るのだ。これはもう国賊だが、まずはともあれ日本人選手が金銀の偉業である。愉快な一日だった。

詐欺犯の罠にはまる人・・・

 郵便受けに一通の葉書が入っていた。宛名は家内の名前になっており、プリンターで印字されていた。送り主は「法務省管轄支局民間訴訟告知管理センター」と長ったらしく、その住所は官庁街の霞ヶ関3丁目となっていた。

 「民間訴訟告知管理センター」なんて、何のこっちゃである。いかにも、詐欺っぽい文面だ。冒頭に「消費料金に関する訴訟最終告知のお知らせ」とあり、連絡がなければ、「差し押さえを強制的に執行させていただきます」と脅している。

 要するに、訴訟を取り下げるための金を振り込めという内容だ。法律用語を散りばめた文章になっているが、稚拙極まりないものだ。葉書の郵便料金は62円で、例えば1000通出せば62万円にもなる。この手の詐欺は、それだけ出費しても騙される人がいるから損しないのだろう。

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 少し前の話になるが、日曜日のある民放の報道番組で高齢者の詐欺被害について特集していた。そこにゲストとして出演していたのは、元NHKのアナウンサーの下重暁子さんという人物だった。確かに昔、テレビで見た覚えがある。

 目がクリクリしたご婦人で、若い頃はそれなりに美人だったのだろう。物言いははっきりしていて、言葉遣いは慇懃だが、ちょっと上から目線のところが気になった。肩書きはエッセイスト、評論家など。老人の生き方についての著書も多数あるようだ。

 その番組の本題に入ると、下重さんは次のように語った。

 「私ね、おれおれ詐欺のようなものには、絶対騙されませんのよ。以前、詐欺のような電話がかかってきた時、電話口の青年を質問攻めをしたのよ。そうしたら、電話を切ってしまった。私、絶対騙されません」

 下重さんは「私のような利口な人は騙されない」とでも言いたかったようだ。つまり、賢くなりなさいと言っているように聞こえるのだが、これでは何の予防にも解決策にもならない。実際、振り込め詐欺の被害者の約8割は、自分は大丈夫だと思っていた人たちという統計があるそうだ。

 実は、「私は騙されない」と確信する人こそ、一番危ないのだ。これは犯罪の専門家がそう言っているし、詐欺の当事者も同じ事を言って憚らない。「お前は詐欺犯と知り合いか?」と問われれば、ここだけの話、ちょっと付き合ったことがあった。

 昔のことだが、2人の詐欺犯と少しだけ付き合った。私の仕事の関係上、詐欺犯罪について直接意見を聞きたかったのだ。うち1人とは、居酒屋で何度か酒を飲んだことがある。その時、「俺はあんたらに騙されない」と言ったら、そういう過信が危ないのだと切り返された。

 後になって、彼が詐欺容疑で警察に逮捕されたことを知った。彼についてかすかな記憶しかないが、丸い顔で垂れ目が特徴、とつとつとした語り口調だった。詐欺犯を連想させる立て板に水という訳ではなかった。こういう詐欺のプロは、人を信用させる何かを持っているのだろう。盗っ人と詐欺は一生治らないとも言われ、再犯率が高い。

 失礼ながら、下重さんのように「私は騙されない」という過信こそ、詐欺犯が仕掛けた罠にはまりやすいのだろう。詐欺を防ぐ方法なんてすぐには思い浮かばないが、ただ孤独が落とし穴になっているように思う。気軽に相談したりする人が身近にいるだけでも、少しは違うはずだ。

鮒ずし食べて長生き・・・滋賀

 これは快挙だ--。滋賀県の男性の寿命が、日本一になったのだ。滋賀県で自慢できるものと言えば琵琶湖くらいのもので、都道府県の魅力度ランキングは真ん中より下のあたりをウロウロしている。

 その琵琶湖も、近畿の「水がめ」なんて言われ方をしていて、淀川流域の住民から感謝の言葉もない。琵琶湖の水を守る滋賀が長寿で日本一を達成したのだから、快挙と言わずして、何と申せばよいか・・・。

 興奮するのも当然で、私は一応、滋賀県人なのだ。「一応」と断ったのは、滋賀で生活しているのは1年のうち4か月、残り8か月は和歌山の山奥で暮らしているのだが、戸籍も住民票も滋賀県にあり、れっきとした県人なのだ。

 人間の寿命は人それぞれだから、統計なんて余り意味がないかもしれない。しかも、2位の長野県と比べて0・03歳という僅差である。しかし、日本一は日本一だ。五輪のメダルだって金と銀ではえらい違い。スケートの浅田真央ちゃんは銀メダルで悔し涙を流したではないか。

 では、なぜ滋賀の男性が長生きなのか、そこが問題である。週刊誌でも書いているが、どうやら滋賀独特の発酵文化と関係がありそうだ。郷土料理の「鮒ずし」は発酵文化の最たるもので、長寿の秘訣と語る学者もいるほどだ。奈良時代から続く発酵食で、滋賀が世界に誇る健康食品である。

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 私は日本一の珍味と吹聴しているが、材料となる琵琶湖のニゴロブナが激減し、目ん玉が飛び出るほど高価だ。15cmほどの小型でも3000円はする。昔は大枚をはたいて樽ごと買っていたが、年金生活者になって食べる機会は減ったとはいえ、普通の人よりはよく口にする。

 さらに、長生きする人はよく大豆を食べるそうだが、滋賀県は大豆の生産高が全国で5位である。「打ち豆」という食品をご存知だろうか。北陸、特に福井県でよく食べられる保存食だ。収穫した大豆を石臼の上に乗せ、木槌で叩いて平べったくし、乾燥させて保存する。

 わが家では、これと大根の味噌汁にする。味噌の風味と打ち豆の味わいが見事にマッチし、二日ほど経つと味がなじみ、特に美味しくなる。打ち豆を売っている店は少なく、通販で買うことが出来る。100グラムで400円ほど。家内はいつもまとめ買いして食べさせてくれる。これも健康食品だ。

 長寿の理由はもっとある。滋賀県の喫煙率は全国最低で、ガンの死亡率も二番目に低い。ボランティアの行動率も全国一で、よく動く県民性がある。このほか、スポーツの活動時間、旅行行楽に使う時間、一戸建住宅の増加率、自然公園の面積の割り合いも日本一だそうだ。

 これらは、長寿日本一になったため、あわてて理屈付けしたようにも思うが、まぁ当事者としては素直に喜びたい。ところで、1年の大半を暮らす和歌山県のランキングは、下から数えて4番目、44位である。こうなると、わが心中はいささか複雑だが、大切なのはいかに健康で長生きするかだ。百薬の長を愛し、よく歩き、時々鮒ずしも食べたい・・・。

日本を夢見たゴッホ

 京都国立近代美術館で開催されているゴッホ展を見に行った。昨年夏には札幌で、秋からは東京、そしてやっと京都に巡回してきた。心待ちにしていた美術展だった。作品40点のほか、ゴッホが魅了されたとされる北斎や広重の浮世絵も、対比しやすいように展示されていた。会場は割りとすいていたので、ゆっくり鑑賞することが出来た。

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 37歳の若さでこの世を去ったファン・ゴッホは900点ほどの油彩を残したが、傑作とされる作品のほとんどは晩年の2年半の間に制作されたという。黄色や青色の強烈な色彩、力強い筆致には、ゴッホの短い人生が凝縮されているかのようだ。彼は自分の胸をピストルで撃ったとされ、その死もまた作品と同様、衝撃的である。

 ゴッホ展のテーマは「巡りゆく日本の夢」である。オランダからパリに移り住み、画商の家で見た浮世絵から強い感銘を受け、遠く離れた島国日本と日本美術に強い関心を持った。多くの浮世絵を収集し、日本に関する本を読み漁ったという。下の絵は、浮世絵師・溪斎英泉の花魁(おいらん)を模写した作品だ。

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 やがてゴッホは、浮世絵に描かれた鮮やかな色彩を求め、南フランスのアルルに旅立った。1888年のことだった。友人に宛てた手紙の中で、「空気の透明さと明るい色彩は、僕には日本のように美しく見える」と記し、彼にとってアルルは理想郷となっていった。

 私はかねてから、ゴッホの日本に対する「買いかぶり」が気になっていた。日本には四季に移ろう豊かな自然があるが、ゴッホがアルルで描いた光り輝く光景とは少し違うような気がしてならない。何かの勘違いで、ゴッホの中で日本の美が増幅して行ったとすれば、何の関係もない私までも申し訳ない気持ちになってしまう。

 ゴッホは、40点近い自画像を描いたとされている。風景画もいいが、私は自画像が好きだ。そこにゴッホの人生や人間性のようなものが垣間見えるからだ。自画像の多くは気難しい表情をし、じっとこちら見ている。ゴッホの表情が悲しげに見えてしまうのは何故だろう。晩年、耳を切り落とすなど精神を病んでいたことが背景にあるのかもしれない。

 会場に展示されている「カンバスに向かう自画像」では、絵筆をとる生真面目な表情が印象的だ。軽薄なところが一切なく、口数も少なかったように思う。この作品は、アルルに行く直前の作品だそうだ。描かれている衣服は労働者が身につけていた質素なものらしく、作品がまったく売れない画家にふさわしい。

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 自画像の中でも、「坊主としての自画像」が最も好きな一枚である。展覧会には出されていないが、髪は丸刈りで、日本の僧侶を描いたのだろう。日本的な文化や精神性を求めていたことがよく分かる作品だと思う。この作品もそうだが、ゴッホの表情は何かを思いつめているように見え、次第にいたたまれなくなってしまう。

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 2、3か月ほど前、NHKテレビでゴッホの足跡を辿る番組があった。案内役は吉岡理穂さんという初めて見る女優さんだ。彼女はアルルを訪ねたあと、どうしても見たかったという「花咲くアーモンドの枝」(下の写真)という作品を美術館で対面した。その時、彼女は感動の余り、真珠のような一筋の涙を見せた。

 私はその美しい涙に見とれた。正月に帰省した娘にそのことを話すと、「彼女って、女性からは嫌われているのよ」と言った。嫌な言い方をする娘である。まぁ、どうでもいいことだが、このブログを書いていてそんなことを思い出した。ともかく、ゴッホの絵はいい・・・。

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南山城のキラ星・・・観音寺の十一面観音

 6年前、十一面観音菩薩の巡拝を始めたのは、井上靖の小説「星と祭」に影響されたからだ。小説の主人公の男性は、琵琶湖で遭難した娘の霊を弔いながら、湖北地方の十一面観音を巡るというストーリーである。「観音の里」と呼ばれる湖北には、中世の戦乱を逃れた観音像が数多くあり、地域の人々に守られ今に伝わっている。

 私は、小説に登場する湖北地方の観音像の多くを拝観し、さらに京都や奈良を始め、若狭地方にも足を伸ばして名作を巡った。重要文化財は全国に200体ほどあるが、国宝は奈良に3体、京都2体、大阪と滋賀にそれぞれ1体の計7体しかない。そのうちの5体はすでに拝観しており、残りは京都と大阪の2体だけである。

 そこで今回は、京都南部にある京田辺市の観音寺へお参りすることにした。大津の自宅からは車で1時間ほどだ。いわゆる南山城と呼ばれる地域で、奈良と隣接しているため古来から奈良の影響を色濃く受けた。ここも湖北と同じように、天平から藤原時代にかけての十一面観音が点在している。

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 観音寺の十一面観音は、本堂の立派な厨子に納められていた。かつては秘仏だったらしく、その身代わりの「お前立ち像」も一緒に祀られていた。立ち姿は実に優美で、顔立ちは温かみにあふれている。頭上にある十一の仏はすべての方向に目を配り、悩み、苦しむ人々を救済しようとする。

 像は天平時代の作で、高さは172cm余り。木心乾漆造りと呼ばれる技法だ。木と麻布で大まかな仏像の形を作り、その上に漆を塗り重ねるもので、木彫の仏像と比べると、ふくよかで柔らかな線が特徴だ。奈良・聖林寺の国宝も同じ技法で作られ、雰囲気が似ている。興福寺の阿修羅像など八部衆も乾漆造りで、独特の表情を作り出している。

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 さて、本堂に入ると、ここの住職が十一面観音の由来や寺の歴史などを解説してくれる。参拝者が来る度に同じ口上を述べられ、失礼な言い方をすれば、静かに拝観したい私にとってはやや耳障りである。仏の姿を目に焼きつけ、心に刻もうとしている時に、住職の声が聞こえると正直気が散るのだ。

 本堂を出ると、太い竹が何本も置いてあるのに気付いた。これは東大寺二月堂の修二会(お水取り)の松明(たいまつ)に使われるという。いずれも根が付いたまま掘り起こされており、毎年2月11日の早朝に観音寺を出発、二月堂に届けられる。お水取りの本行は3月1日から2週間、これが終わると春が来る。

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 観音寺を後にすると、家内が一休寺に立ち寄りたいと言った。独身時代、茶道の仲間と来たことがあるという。車だったら10分もかからないはずだ。室町時代の禅僧一休さんが暮らした寺で、宮内庁が管理する墓がある。大徳寺の住職になった時も、この寺から通ったと言われる。

 静かな参堂を歩いて方丈に向かうと、その手前に菊の紋章の門があった。中には入れないが、ここが禅師の墓所だ。方丈には、庭園を囲む回廊があり、枯山水を前に静かなひと時を過ごした。四季にはそれぞれの良さはあるが、色彩にとぼしい冬の禅寺もまた心が落ち着く。何より、冷気みなぎる緊張感が私は好きだ・・・。

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