太陽光発電が森を壊す

 変な噂を聞いた。「太陽光パネルが設置されるらしい」・・・。

 私たちが暮らす生石高原の別荘地に、太陽光発電が計画がされているというのだ。もしその噂が本当なら、景観や環境の破壊につながりかねない。

 計画されている場所へ行ってみた。わが家から500mほど西へ行くと、広葉樹の森がきれいに伐採されていた。広さはざっと200坪ほどだから、小規模な太陽光発電だろう。

 いや、規模の大小の問題ではない。自然を楽しむ別荘地にパネルの設置を許せば、これが「蟻の一穴」になり、「千丈の堤も崩壊する」という例えの通りになる。

IMG_0015_20180521124635af1.jpg

 和歌山県には規制する条例があるのかネットで調べると、今年3月に条例が公布されていた。それによると、規制を受ける事業の対象は、発電量が50キロワット以上で、その場合は環境や景観に配慮し、近隣住民の理解を得ることになっている。ただし、50キロワット以下については、何の規制もない。

 伐採された場所の真向いには芸術家が住んでおり、もしパネルが設置されれば、工房から丸見えである。それまで彼は、森の緑に埋もれながら創作活動にいそしんでいたはずだ。小規模発電所という理由だけで、別荘地の環境や景観が守られなければ、深刻な社会問題だと思う。

 こんな噂も聞いた。ここから南へ2、3キロ下った生石高原の中腹でも太陽光発電の開発が行われているらしい。芸術家の前の土地を見に行ったその足で、こちらにも行ってみた。それは驚くべき光景だった。

 杉林の山の斜面が、目測で長さ約300m、幅100mほどが伐採され、赤土がむき出しになっていた。ここでは10台ほどのブルドーザーやユンボなどの重機がせわしげに作業をしており、作業員も数十人が動員されていた。斜面の上部では、すでに太陽光パネルの設置作業が進行中で、最終的に4000枚のパネルが設置されるというメガソーラーだ。

IMG_0010_2018052112463303d.jpg

IMG_0009_201805211246313d4.jpg

IMG_0013_20180521124633a08.jpg

 伐採現場は別荘地と接しており、うち一軒の別荘を訪ねてみた。夫婦で1年のほとんどをここで過ごしているという。別荘の建物とパネルとの間は2、3mしか離れていない。杉林が伐採されたためまともに風が吹き抜け、何年か前、強風で屋根が吹き飛び、修理したという。

 さらに、伐採によって水道の水が濁っているとの話もある。他のメガソーラーでも、隣接する住宅では反射光などで蒸し暑くなったという。ここの夫婦は「景観が損なわれ、資産価値が失われてしまった」と落胆していた。

 再生可能エネルギーの比重を高めるのはいいことだが、太陽光は全国各地で環境や景観に悪影響を及ぼし、風力発電も低周波被害が出たりしている。このように新たな電源問題は課題が多く、行政も法律も追いついていないのが実情だ。私たちが暮らす生石の森も危うい。取り返しがつかなくなる前に、体を張るしかない・・・。

雨上がり、山の蕗を採る

 雨が降った翌朝は、何はさて置き山菜採りに行く。水分をたっぷり吸った山菜は、柔らかくて美味しいはずだ。「雨後のタケノコ」という言い方もあるが、要するに雨の翌日は山菜が一段と成長する。

 先日、一日中雨が降ったので、次の朝、今が旬のフキを採りに行った。腰を痛めている家内が軽トラを運転し、私が山道沿いに自生しているフキを採りながら移動するのだ。森の中なので木漏れ日が差し、腐葉土に水分が蓄積されている。

 「あんた、フキ採り上手やなぁ」--。以前、フキを農協に出荷している農家の人から褒められたことがある。私は鎌やハサミを使わず、フキの根元を持って弾みをつけるように、一気に摘み取る。これだと根ごとを引き抜くことはないが、取れてしまえばその場に埋め戻すことにしている。

 中腰で採るのは腰が辛いので、群生するフキの前に座り込む。長くて太いもを選んで摘み取り、左手で持ち替え、右手の親指と人差し指で葉を落とす。この間、2秒もかからない。その間に次に採るフキを見定めておくのが肝要で、われながら手際が良いと思う。

IMG_0028.jpg

 実は、私が通っていた中学校では、学年(2クラスだけ)ごとに、フキ採りに行くのが行事の一つになっていた。採ったフキは佃煮業者に売り、これを図書購入費に充てていた。とんでもない田舎の中学校であり、貧しい時代でもあった。

 ちなみに夏休みの宿題は、薬草のドクダミを採り、乾燥させて学校へ持っていくのだ。ノルマも決められており、蛇やマムシにも出くわすなど、現代では考えられない宿題だった。

 それはともかく、1時間ほどで作業は終わった。家内の友人で、毎年、旬のフキを待ちわびている女性がいる。それに私の友人にも送ってやりたい。残りは、熊本県人吉市から取り寄せている醤油で佃煮風に炊く。寒暖差のある山で採れたフキは、独特の風味があって美味しい。

IMG_0027.jpg

ササユリを食ったのは誰だ!

 私の朝の日課は、山小屋の周りを見て回ることだが、ある異変に気付いたのは4月中ごろだった。ササユリの新芽が地上から30cmほどの所から切られていたのだ。茎の切り口は、ハサミなどの刃物でスパッと切り取ったような跡だった。

 敷地には数十本のササユリが自生しており、今月下旬にはピンクの美しい花を咲かせるはずだが、花芽は全滅に近い状態なのだ。可憐なササユリの花は、甘くてどこか切ない匂いを漂わせ、毎年、この季節が来るのを楽しみにしていた。今年はそんな山小屋の風物詩が見られそうにない。

        ↓ 花芽もろとも食べられたササユリ
IMG_0008.jpg

 これは明らかに、野生動物に食われたものだと思う。ウサギやリスは山小屋周辺によく姿を現すから、これらの小動物が犯人かもしれない。

         ↓ 時々現れるウサギが犯人か
vcm_s_kf_repr_468x351_20120620085233[1]

 今月に入ると、栽培している野生の山ウドの茎も食われた。他にも同じような形跡がないか調べると、イヌガヤの新芽も食べられていた。この新芽は地面から1mほどの高さにあり、そうするとウサギなどの背丈の低い動物が食べたとは考えにくい。

         ↓ イヌガヤの新芽も食べられた
IMG_0009.jpg

 そこでふと思い付いたのは、ニホンカモシカだ。4月25日のこのブログで、山小屋の近くにカモシカがやって来て、数分間にわたって見つめ合ったことを書いた。シカやイノシシはずっと以前からあたりを徘徊しているが、このような被害はなかった。ということは、目撃したカモシカがここを縄張りにして食い荒らしたとも考えられる。

 ところで、もう一つの朝の日課だが、NHK朝の連続ドラマ「半分青い」を見終わると、愛犬「ぴー」を連れて散歩に出ることだ。わが家の前の道を生石高原に向かって歩くと小さな峠があり、ここでUターンして引っ返す。往復1キロほどの散歩である。

 道の両脇にはイタドリが群生しており、最近気付いたのだが、イタドリの柔らかそうな先っぽが所々、食べられていたのだ。つい先日、この道を毎日通る地元の大工さんから「ここ半月の間に、3回もカモシカを見た」という話を聞いた。やはり、一連の食害はカモシカによるものだろう。

          ↓ イタドリも被害
IMG_0011.jpg

 ニホンカモシカは国の天然記念物であり、切手の図柄にもなった。人気の野生動物だから出会えば幸運だが、近年は数が増え、むしろ食害で困っている農家も少なくないという。確かにわが家では大切なササユリや山ウドを食い荒らされたが、それほど腹が立たないのはカモシカの愛嬌のせいだろう。

 人間を怖がらないし、黒い瞳でじっと見つめてくれる。「愛嬌は七難隠す」という古い言葉がある。少しくらいしくじっても愛嬌があればそれを隠してくれる。人間世界も同じであり、愛嬌は人徳にも通じる・・・。
    
         ↓ 先日現れたカモシカが真犯人か
IMG_0086.jpg

だらだら長生きしないで・・・と家内は言う

 家内は常々、私に「だらだらと長生きしないで」と言っている。薄情な口ぶりに腹も立つが、「ピンピンコロリ」と死んで欲しいと言うのであれば、分からない訳でもない。鼻や胃にチューブを突っ込まれながらしつこく長生きするなんて、私自身も望んでいない。

 家内にしてみれば、毎日三度の食事を作り、掃除、洗濯をし、「私は女中でない」という言い分はもっともである。その上、夫の介護までしなければならないとすれば、だらだらと長生きするのは申し訳ないし、家内の余生の邪魔にもなりたくない。

 しかし、いつ死ねばいいのだろう。家内は「適切な時期」と言葉を濁しているが、男性の平均寿命のあたりのことだろう。平均寿命を全うできるなら本望だが、そんなにうまく死ねる訳はない。もっとも、それより早くくたばることだってあると思う。

 私にはちょっとした持病があるにはあるが、家内ともども元気なのだ。もう何年も風邪をひいたことがないし、胃腸も循環器系も問題がなく、これといった病気になったこともない。とりあえず健康を維持できている理由は何だろう。

 一つ思い当たる節がある。それは山菜である。私たちが暮らす生石高原では、わらび、ぜんまい、山ウド、タラの芽、コシアブラ、フキ、ギボシ、ヨモギ、イタドリなど何種類もの山菜がふんだんに採れるし、4月から5月にかけて毎日のように食べている。

 これらの山菜には免疫力を高める成分が多く含まれており、癌などさまざまな病気は、免疫力の低下によって引き起こされると言われる。ビタミンCや食物繊維が多いし、多種類のポリフェノールも含まれ、動脈硬化など生活習慣病の予防に役立つそうだ。

 ここ生石高原では、山菜の季節がそろそろ終わりを迎えており、今は干しゼンマイ作りに忙しい。ゼンマイは高原やわが山小屋の周辺に自生しており、これを採ってきて綿を取り除き、茹でて灰汁を抜く。これにストーブの灰をまぶして水洗いし、天日干しにする。二日ほど干せば出来上がりだ。

IMG_0093.jpg

IMG_0095.jpg

IMG_0006.jpg

 われら夫婦は干しゼンマイが好物なので、1年中食べる。もちろん美味しいし、豊富なカリウムが含まれている。この成分は、体を健康に保つための必須栄養素だそうだ。動脈硬化、癌の予防に役立ち、、血圧を安定させる効果もあるという。

 私たちにとって山菜とは、体にいいという信仰に近いものもあり、そういうものが身近にあるのは幸いなことだ。今年もたくさん食べたので、免疫力はバッチリである。このまま健康であればいいが、一つ心配は、家内の言動によるストレスである。ストレスは万病の元なのだ・・・。

カモシカが来た・・・見つめ合った

 朝起きると家内は、部屋の窓越しに森を眺めるのが日課である。その視線の片隅に黒いものが見えたという。隣の部屋でテレビのニュースを見ていた私に家内は、「カメラ持ってデッキに出てみて。カモシカが来てるの」と小声で言った。朝6時40分ごろのことだった。

 私は居間からデッキに出た。家内が指差す方を見ると、ニホンカモシカがお尻をこちらに向けてじっとしていた。 距離にして10mくらいだ。カモシカは私の物音に気付いたのか、振り返った。そしてそのまま私と視線が合い、見詰め合った。3分、4分・・・。

 カモシカとの距離をもう少し詰めるため、外に出た。家内もスマホを持ってついてきた。距離は7、8mくらい。まだ見つめている。「こっちにおいで」と声を掛けてみたが、その声に動じる風もない。

 黒い瞳が何と可愛いことか。人間に対する警戒心はまったく感じられない。好奇心が旺盛なのか、視線をそらさない。人間も動物も同じだが、視線には穏やかなものもあれば、不信や悪意に満ちたものまである。

 わが山小屋を訪れたカモシカは体調80cmほどで、角が短いところをみると、まだ成長過程の青年かもしれない。昨年の秋ごろ、山小屋のすぐ下の道を横切る姿を目撃したし、最近は知り合いが近くで見かけたというから、この辺が縄張りかもしれない。

 家内はスマホで写真を撮ろうと、5mほどに近寄った。いくら友好的なカモシカでも、この距離は警戒本能を呼び覚ますのだろう。私たちを振り返ると、ゆっくりとした足取りで森の中へ。そして去り際、もう一度振り向いて姿を消した。この間、8分ほどだった。ほのぼのと心温まるひと時だった・・・。
   
          ↓ 後ろを向いてじっとしている
 IMG_0077.jpg

          ↓ 私の気配で振り返った
IMG_0080.jpg

          ↓ カモシカは視線を外さず、見つめ合う
IMG_0085.jpg

          ↓ 家内が近寄りすぎたため、森の中へ
IMG_0088.jpg

          ↓  去り際、もう一度振り返った
IMG_0089.jpg

カレンダー

06 | 2018/07 | 08
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

月別アーカイブ

ブログ内検索

全記事表示リンク

訪問者数

ランキング参加中!

PR

PR

PR