森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

ミシュラン一つ星の蕎麦屋に行ってみた

 蕎麦打ち道場に入門して2か月になった。この間に計5回、自分たちで蕎麦を打った。入門を薦めてくれた紀の川のMさんは「美味しい蕎麦を食べるのも勉強のうち」と言われ、奈良県宇陀市にある蕎麦の名店を教えてもらった。生石高原のわが家からは結構遠いが、向学のため食べに行った。

 宇陀市は奈良県の東部にあり、三重にも近い。この辺は余り行ったことがなく、地理に不案内だ。愛車にはカーナビが付いていないので、地図を片手に走った。その店は、曽爾高原に通じる道のそばにあった。あたりは民家もまばらな片田舎の一角で、実に分かりにくかった。

 店の名は「一如庵」。何やら茶室のような趣がある。表千家の不審庵、裏千家の今日庵は有名だが、それと比べても遜色のない奥ゆかしい店名である。それだけでなく、ミシュラン一つ星に選ばれた誉れ高い店なのだ。

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 安くて、そこそこ美味しくて、飾らない・・・これが私の「蕎麦屋選びの3原則」だが、そんな志の低い私のような人間が敷居をまたぐのは恐れ多い店なのだ。建物は築後150年の古民家で、暖簾をくぐって土間に立つと、侘びさびをかもし出すしつらえが目に入る。

 昼前、私たちを迎えてくれた店員は「予約の方は1時からです。予約のない場合はコース料理をご用意できません」と言われた。昼のコースは4000円以上もするので、内心ホッとした。最初からコース料理を食べる気はなかったのだ。

 まず出てきたお茶は、薬草でも入っていそうな柔らかな味わいだ。盛り蕎麦だけを注文したが、ちょっと小声になったのはどこか卑屈で情けない。白い割烹着の蕎麦打ち職人は「茨城県の蕎麦粉です」と言い、胸を張ったように見えた。後で知ったが、茨城産は高級品が多いらしい。

 せいろに盛られた蕎麦は光っていた。さすがミシュランの一つ星にふさわしい風合いである。量は少なく、「大盛り」なんて口にする雰囲気ではない。蕎麦はあくまでも細く、断面は正方形なのだ。私たちが打てばこうは細くならないし、平べったいきし麺のようでになる。

 蕎麦は1000円。一つ星だから、まぁそんなものだろう。もちろん味は良かった。ただ、香りがどうの、のど越しがどうの・・・などと通ぶった ことを言えるほど口が肥えていない。さすがミシュラン認定で、器もいいし、一つまみ置かれた生わさびも鼻にツンと来た。蕎麦湯もとろりと美味しかった。

 私の「蕎麦屋選び原則」はすでに書いたように、値段が安くてそそここ美味しいければいい。そして飾らない素朴さがいいのだ。これからすれば、ミシュランという誉れの一如庵は少し近寄り難いものがある。ただ、これだけは言いたいのだが、素人の私たちが打つ蕎麦だって、それなりに美味しいのだ。

 帰りの車の中で、女房は「私たちが打つきし麺のような蕎麦も美味しい。それほど負けていないと思う」と強がりを言った。確かに蕎麦の太さは均一ではないが、歯ごたえもあって無骨なところもいい。まぁ、負け惜しみもこれだけ言えれば、向上心があるということだろう・・・。

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今年5回目のボート釣り・・・イサギにガシラ

 大雨の予報が出ていたので、急遽、ボート釣りに行くことにした。その前日は、下の写真のように空が真っ赤に燃えていた。子供の頃から、夕焼けの翌日は好天になると信じてきた。釣り当日の天気に問題はないだろう。

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 この春からのボート釣りは、今回で5回目。うち3回はアオリイカ狙いの単独釣行で、後は女房とのガシラ釣り。イカ狙いは3キロ級を含む大型が結構釣れたが、前回のガシラ釣りは夫婦でわずか6匹という貧果だった。

 早朝4時半、由良湾に向けて出発した。このところ暑い日が続いているので、日差しが強くなる10時までに釣りを終える予定だ。釣り餌店でこっそりアミエビを買った。ちょっと遠出して旬のイサギを狙おうという魂胆だが、女房は遠出を嫌がるので内緒にしておいた。ボートを出してしまえば、もう有無を言わせない。

 湾内の波は静かだったが、少し沖にでるとうねりがあった。ポイントでアンカーを入れた。水深は20mちょっと。底でアミエビを撒きながら魚を集め、サビキ仕掛けでイサギを狙う。

 女房はアミカゴを付けた仕掛けを投入すると、いきなり竿を曲げた。「あれ?なんや知らんけど釣れたみたい」と言って引き上げたのは20cm少々のイサギだ。縞模様が特徴的な小さなサイズで、その模様がイノシシの子供に似ており、関西では「ウリボウ」と呼んでいる。

 私もすぐにビシという手釣りで参戦した。重さ80号の仕掛けが底に着くと1mほど糸を手繰り、当たりを待つ。時々仕掛けを上下させ、器具からアミを放出させる。やがて、糸をかけた指にもたれるような当たりがあった。引き上げると同じサイズのイサギが食いついていた。その後、2匹、3匹と連で釣れることもあった。

 女房もぼちぼちイサギを釣り、手のひらサイズのカワハギも釣った。2時間ほどでアミエビを使い切り、イサギ釣りは終了。釣果はウリボウサイズが16匹だった。もともと美味しい魚なので、小さくても煮たりポアレにしたりすればなかなかいける。

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 次はガシラ釣りだ。3年前まではよく釣れ、夫婦で40匹以上釣ることも珍しくはなかった。ところが去年からはその3分の1も釣れればいい方になった。ガシラに限らず、魚はある周期で漁獲が変動するものだし、近年はスルメイカやカツオが獲れなくなったという。だから今回もそれほど期待していなかった。

 由良湾の中ほどにあるポイントにアンカーを沈め、釣りを始めた。私の青い竿にいきなり大きな当たりがあり、いい型のガシラが釣れた。その次もまた私の竿に来た。女房がオモリを底に引っ掛け、私が外している間に女房は私の竿で中型のガシラを釣った。

 釣りではよくあることだが、その日の「当たり竿」というものがあって、特定の竿だけに釣れる傾向がある。結局、女房が5匹、私が4匹、計9匹の釣果だったが、女房は5匹のうち4匹を私の青い竿で釣った。この世の中、理屈ではうまく説明できない何かがあるのと同じで、ほとんど青い竿だけに当たりがあった。

 早く帰る予定だったので、10時過ぎには港に向かった。刺身に出来るようなベラも釣れ、食料確保という点では不足のない釣果だったが、女房が今後も釣りに意欲を示すかどうかは、微妙・・・。

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大峯奥駈道の釈迦ケ岳へ・・・

 大峯奥駈道にそびえる日本二百名山の一つ「釈迦ケ岳」(1800m)をめざし、朝5時40分に軽トラで家を出た。生石高原からは、清水町を経て急坂を登って龍神スカイライン(無料)に合流、ここを左折して高野山に向かう。ちなみに清水町は、秋篠宮妃紀子さんの曽祖父の出身地である。

 高野山の手前で右折し、野迫川(のせがわ)町へ下って行く。野迫川と言えば、光源氏の再来とうたわれた美貌の武将・平惟盛の塚があり、私も訪れたことがある。それはともかく、道が細い上 曲がりくねっており、軽トラに乗っているから上下、左右の振動がひどい。

        ↓ 野迫川町の平惟盛塚(2008年9月撮影)
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 案の定、しばらく走ると車酔いが始まった。助手席の女房もやはり酔ったらしく、盛んに生あくびを繰り返している。酔いはますますひどくなり、路肩に車を止めておう吐した。車を運転していて酔うことは滅多にないのだが、この日は体調が悪い。

 高野山から下ること約1時間、五条市と十津川村を結ぶ国道に出た。ここを右折し、日本一長い谷瀬の吊り橋方面に向かうと、「釈迦ケ岳登山口」の標識があった。この道がまた大変な悪路で、路上のあちこちに巨石が落ちており、カーブも連続しているので車酔いがぶり返した。

 半時間ほど走ると、左側の路肩に天然記念物のニホンカモシカがたたずんでいた。私たちが暮らす生石高原でもたまに見かけるが、人間を怖がらず、人をじっと見つめるクリクリした目がかわいい。こんなに人懐っこい野生動物も珍しい。この先には猿が何匹も遊んでいたが、その目には警戒心がみなぎっていた。

 登山口に着いた。自宅を出て3時間も車に揺られっぱなしで、車を降りると少しふらついた。駐車場には6、7台が止まっており、かなり遠方のナンバーもあった。大峯奥駈道の標識の横には「熊出没注意」の看板があり、夫婦で3個のクマ除け鈴を付けて出発した。

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 ブナやカエデ、ヒメシャラの森を進んだ。相変わらず車酔いの症状で、辛い。標識に行方不明者の紙がぶら下げられていた。中年女性が道を間違え、未だに見つかっていないという。このあたりは登山道が二股に分かれており、谷の方へ迷い込んだのかもしれない。

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 急な坂を登りきると、尾根に出た。このあたりから大峯に多いバイケイソウの群落が広がっている。ちょうど今、花芽が出ており、しばらくすると白い花が咲くはずだ。シカなどに食べられず、群落が保たれているのは毒草のためだろう。

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 車酔いは収まらず、ほうほうの体で歩いていると、右前方に先端が丸みを帯びた独特の山が見えた。地図を見ると、どうやら大日岳(1568m)だ。その左手は見えないが、そのあたりに今回目指す釈迦ケ岳があるはずだ。

 釈迦ケ岳は、山上ケ岳、八経ケ岳などと並ぶ大峯奥駈道の中核的な山。桜の吉野山から熊野三山を縦走する80キロに及ぶ修験道の奥駈は、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録されている。この道を歩く度に、大峯の奥深さに何か畏怖のようなものを感じる。

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       ↓ ズームアップするとこんな形の山
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 先を歩いていた女房が私を振り返り、「これヘビなの?」と言った。近寄ると、ヘビが下半身をさらして横たわっていた。足で地面を叩くと、ヘビは草の中に逃げ込んだ。ここは標高1500mを超えており、こんな高地に餌となるカエルなどがいるのだろうか。ショッキングな遭遇だった。

 大峯でも鹿害が著しいが、なるほどいたる所でシカを見かけた。登山者に慣れているのか、2、30mまで近付いても逃げない。わが家の周りでもシカが出没し、鳴き声を口笛で真似ることがあるが、前方にいるシカに向かって得意の口笛で「ピュー」という音を出すと、シカは「アホかいな」という顔をして横を向いた。

         ↓ 3頭のシカが草を食んでいた  
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 やっと釈迦ケ岳が見えた。想像していた通り急斜面が頂上まで続いている。体調がいま一つなので、逃げ出したい気分だ。しばらく歩くと、年配の男性が花の写真を撮っていた。下山してきたらしく、「あとどれくらいですか?」と尋ねると、「残り200mの登りはきつく、それだけでも30分はかかるよ」との答えだ。

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 だとすると、現在地から1時間はかかる計算だ。確かに胸突き八丁の急坂だったが、20分ほど登ると、すぐ前方に釈迦如来像が見えた。頂上である。あっけなく登ってしまった。あの男性のアドバイスは何だったのか・・・。

 その銅像は重さが120キロ。大正13年、「鬼マサ」の異名で知られていた強力が3分割して担ぎ上げたという。新田次郎の小説「強力伝」を思い浮かべた。実話に基づくこの小説は、富士山の強力が北アルプス・白馬岳山頂に、重さ50貫もの方位盤を担ぎ上げた物語だ。50貫と言えば約190キロ。とんでもない強力がいたものだ。

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 山頂には、ツツジの仲間のシロヤシロが純白の花を咲かせていた。そう言えば昨年、大峯の主峰の八経ヶ岳はに登ったのもシロヤシロが満開のころだった。山頂からは、真北に堂々とした八経ヶ岳を見渡すことが出来た。

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 山頂の少し前から酔いのような症状は治まり、何とか胸突き八丁を乗り切ったが、コースタイムから大幅に遅れる体たらくだった。昼食は食欲が進まず、1個のカップ麺を女房と分け合って食べた。帰りは女房に遅れることなく、そこそこ快調に歩けたのが幸いだった。今回も心に残る大峯奥駈道だった・・・。

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梅雨入り・・・キノコの原木を伏せる

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 ここ和歌山は今月7日、梅雨入りした。ほぼ例年通りらしい。この頃になると、私たちが暮らす生石高原では、白い花が目立つようになる。空木、エゴ、タンナサワフタギ、金銀花・・・。花にはミツバチが群れ、一日中ブーンという羽音が聞こえ、やかましいくらいだ。

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 梅雨に入ったら、仮伏せしておいたキノコの原木を本伏せしなければならない。今年作った原木は、シイタケ、ナメコ、ヒラタケ、ムキダケの4種類だ。昨年末から春先にかけ、原木の上に遮光ネットやシートをかぶせ、仮伏せしておいた。

 梅雨入りすれば原木が雨に濡れ、温度も上がるのでキノコ菌が活性化し、この時期に本伏せするのだ。シイタケは杉の木に横棒を渡し、立てかける。それ以外は直接地面に伏せる。わが家の裏手に杉林があるので、キノコ栽培には最高の環境だ。風通しが良く、木漏れ日が射すなどいい条件がそろっている。

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      ↑ こんな木漏れ日がいい(ムキダケ)

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      ↑ シイタケの原木は大量に作った

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      ↑ ナメコも大量生産

 昨年は、別荘地の一帯で道路を覆う樹木の伐採が行われ、キノコの原木となるコナラやカエデ、山桜などがいくらでも調達できた。ついつい欲が出て、70本余りも拾ってきてキノコ菌を打った。それだけに本伏せの作業は2日もかかり、疲れた。

 キノコは通常、菌を打って2回夏を過ごすと、秋にキノコが発生する。つまり今年の原木からは来年秋に収穫できるはずだ。ただ菌を打ったからといって、必ずキノコが出るとは限らない。これまで少ししか出なかったり、まったく出なかったこともある。何分素人なので、その原因は分からない。

 梅雨入りして最初の日だけ雨が降ったが、それ以降は晴れ続き。昨夕も実に美しい夕日が紀淡海峡に沈んで行った。気象台によると、当分雨が降らないとの予報だ。本伏せしたキノコの原木にいいことではない・・・。

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記憶喪失かオンナか・・・連続テレビ小説の行方

 今朝もテレビから、NHKの連続テレビ小説「ひよっこ」のテーマソングが流れている。桑田佳祐さんらしい心が浮き立たつようなテンポだが、歌っている歌詞がどうも聞き取りにくい。「宝物」と言うところを「たかきゃらもの」と聞こえ、ファンの方には悪いがちょっと耳障りだ。

 新聞か週刊誌か忘れたが、NHKの上田良一会長がこの桑田佳祐の主題歌「若い広場」を褒めた上で、「歌詞が意味不明」と苦言を呈したと報じられていた。上田会長と私はほぼ同年代で、年寄りのたわごとかもしれないが、思うところは同じである。♪愛の言葉をリル シャイなハートがドキドキ・・・歌詞の冒頭からこの調子だから、何のこっちゃ・・・である。

 先日、ノーベル文学賞の川端康成の昔のインタビュー記事を読んでいたら、氏は「文章は耳で聞いてわから分からなければならない」と語っていた。私もつたない文章をブログに書いているが、思わず膝を打った。学術書ならともかく、3回読んでも分からない文章って、どうかなぁと思う。歌の歌詞も耳で聞いて分からなければ意味がない。

 その点、阿久悠さんは作詞の天才だ。分かりやすく、情感を揺さぶる。歌手八代亜紀さんの「舟歌」を口ずさんでみてほしい。♪「お酒はぬるめの燗(かん)がいい 肴(さかな)はあぶったイカでいい 女は無口な人がいい・・・」。阿久悠さんの歌詞からは、港町で寂しく酒を飲む海の男の姿が浮かび上がる。

 元に戻るが、テレビ小説「ひよっこ」のヒロイン有村架純は、集団就職した先の向島電気が倒産して失業、仲間たちとちりじりになった。第二の就職先は、父親との縁で懇意にしていた都内の洋食屋に決まった。親切な人たちに囲まれて楽しく仕事をしている。

 都内での就職にこだわったのは、東京で行方不明になった父親を探すのが目的だったのだろう。父親は茨城県から東京へ出稼ぎに行っていたが、ある日、宿舎から姿を消した。日本の高度成長期の昔、「蒸発」という言葉がマスコミを賑わせるほど、失踪者が増えた。

 父親の蒸発は何が動機だったのだろう。私と女房の意見は割れた。女房は何かの事故かトラブルで記憶喪失になったのではないかと言う。これは人間の性善説に立っており、ドラマがどのように転んでも、記憶喪失であれば無難な結末に落ち着く。私は女性がらみじゃないかとゲスの勘ぐりをする。実際その時代、そんな失踪が多かったようだ。

 どこかで聞いたような話だが、父親はネオン街で働く女性の貧困を実地視察するため、出会い系バーのような風俗店に足を踏み入れた。そこで出会った女性にお金をあげたり、貧困について話しを聞いたりしているうち親しくなった。やがて抜き差しならない関係になり、故郷と家族を捨てたのだ。

 毎日、連続テレビ小説を見ている自分としては、ドラマの行方に波風が立たないと退屈で仕方ない。実直な父親の化けの皮が剥がされるのが楽しみだ・・・。

 
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伯母子岳に登る・・・夏山への試運転

 日本二百名山の伯母子岳(おばこだけ)(1344m)は、紀伊山地のど真ん中にある。3年前、この山に登ろうとしたが、途中で時間切れになり、引き返したことがある。だからこの山は宿題のようになっていて、どうしても登りたいと思っていた。

 伯母子岳への登山ルートはいくつかあるが、私たちは龍神スカイライン(無料)から4キロほど東に入った登山口から登ることにした。ここへは生石高原の自宅から約1時間ちょっと。途中、護摩壇タワーのある駐車場に立ち寄り、トイレを済ませた。

 この時期、新緑が美しく、ツツジも咲いているだろう。私たちが暮らす生石の森も今が新緑の真っ最中で、ツツジも美しいから、今回の登山は風景を楽しむというより、夏山登山に向けて体力、脚力が衰えていないか、試したいというのが主な目的だ。

 午前9時半、女房とともに登山口を出発した。往復11キロ余りの登山である。木漏れ日が漏れる美しい森が続く。ブナの巨木は人間の寿命の何倍も生きており、その堂々とした姿に畏敬の念さえ抱く。尾根のため風が強いのか、倒木が目立つ。

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 歩き始めて半時間ほど、口千丈山(1330m)に着いた。ピークという感じはなく、木に囲まれていた。ツツジは新緑に囲まれて可憐な花を咲かせていた。樹林の間からは幾重もの山並みが見え、やはり紀伊山地は奥が深い。

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 牛首山に着いた。標識には伯母子岳頂上まで2・8キロと書かれており、行程の半分ほどを歩いたことになる。はるか向こうに大峰の山々が少しかすんで見えた。去年はあの一角にある近畿の最高峰・八経ヶ岳に20年ぶりに登った。

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 頂上まで残り1・7キロ。ここまで何度も上り下りを繰り返してきた。私の場合は、だらだらとした上り坂が苦手だ。これでは高度を稼げないので苛立ちが募り、むしろ苦しくても急登の方がまだましだ。やがて登山道は平坦な尾根伝いの道になった。

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 右手を眺めると、伯母子岳の山頂と思われるピークが見えた。よく見ると、標識らしきものが立っている。もうすぐだろうと思ったが、また長い下り坂。左へ迂回して登り直さなければならない。どのような山でも、頂上直下は胸突き八丁での急坂。残り300mは死にそうになるほどしんどかった。

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 頂上までは2時間10分。ほぼコースタイム通りだから、上々である。いつものことだが、女房が一足先に頂上に立っていた。1334mのピークは、実に見晴らしがいい。

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 カップ麺と山菜おこわの昼食を食べ、珈琲を入れてゆっくりした。誰とも出会わず、頂上では私たち二人だけだった。風が心地よく、ピー、ピロロという野鳥のさえずりを聞きながら贅沢な時間を過ごした。

 帰りは思っていた以上に、上り下りがきついと感じた。残り1キロほどの所で急に、左膝が痛み出した。これまで北アルプスなどで2日、3日歩いてもなんともなかったのに、どうしたことだろう。左膝は20代の頃の古傷だが、これまで沈黙してくれていた。下山したらすぐに治ったが、それでも夏山登山に不安がよぎった・・・。

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紀淡海峡でマルアジ大漁

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       わが家から望む和歌山市沖の紀淡海峡。
       こで釣りをした。

 紀淡海峡の和歌山市沖に鯖が回遊してきたらしい。ブログを通じて懇意にしているイレグイさん(リンク参照)からの情報だ。そして「鯖はすぐ移動するので、今のうちに釣りに行きましょう」とのお誘いだ。もちろん、異論はない。

 午前4時半、和歌山市内の港から出航した。彼はサラリーマンでありながら、大小2隻の船のオーナーだ。会社が休みの時には船で釣りに行く。旬の魚と遊ぶ羨ましい人生である。作家開高健を師と仰ぐ読書家でもあり、独特の人生観を実践している。

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 海は穏やかだった。ようやく明るくなり出した海上を全速力で走る。船は祖父譲りの漁船で、波を切り裂く航跡はなかなか迫力がある。魚探の映像を見ながら走っていたイレグイさんは、半時間ほどしてエンジンをスローダウンさせた。どうやら紀の川の沖合いのこのあたりがポイントらしい。

 仕掛けはイレグイさん手作りのもので、全長10mほど、ビニールをくくりつけたサビキが10個付けてある。これを50号のオモリで沈め、水深30m前後のあたりを探るのだが、魚の食いを誘うため間断なく竿を上下させるため、腕が疲れる。

 大漁を予想して大き目のクーラーボックスを持参してきた。そんな期待が膨らむ一方で、「アニキサス」という寄生虫の名前が浮かんだ。最近テレビでそんな名前をよく聞くようになったが、どうやら芸能人が中毒になってにわかに報道が過熱したらし。

 イカやアジなどのような魚介類にも寄生するが、煮たり冷凍したりすれば死滅するらしい。特に日本は寿司や刺身がご馳走だから、気味のいい話ではない。特にアニキサスは鯖に多いと聞く。私の場合、鯖と聞けば大好物の「きずし」であり、一連の加熱報道は今回の鯖釣りに水を差す格好だ。

 さて釣りだが、1時間近く竿を上下させていたが、ピクリともしない。イレグイさんは知り合いの船を見つけ、様子を聞きに行った。この人は毎日ここで釣りをしているそうで、「もう少ししたら釣れるよ」と太鼓判を押した。

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 さすが半プロだ。半時間ほどすると釣れ出した。いきなり竿が海中に絞り込まれたり、ふっと軽くなる食い上げの当たり・・・。これらはみなマルアジで、体長が30cm近い大物だからよく引く。時に連で釣れることがあり、最高は一度に4匹釣れたこともある。

 それにしてもイレグイさんはよく釣る。私が1匹釣っている間に、2匹も3匹も釣り上げるのだ。どうしたことか、釣れるのは大アジばかりで、鯖はイレグイさんが釣った1匹だけだった。アニキサスが頭にあったので、鯖が釣れなかったことに少々安心もした。

 たくさん釣ったし、風も出てきたので午前9時半ごろに釣りを終了。生簀はマルアジで一杯になっていた。家に帰ってクーラーボックスを開けると、何と40匹ほど入っていた。春の山菜採りの返礼ではあるまいが、イレグイさんが入れてくれたのだ。好意に感謝した。

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 近所や知人へおすそ分けしても、まだ余りある。まずは干物作りだ。女房がウロコと内臓を取ったら、私が腹開きして塩水(海水よりやや薄め)に漬ける。一晩干せば、身に光沢が出て美味しそうだ。さらに三枚に下ろした身にパン粉を付けて冷凍保存しておけば、いつでもアジフライが食べられる。当分、アジ三昧である・・・。

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蕎麦打ち入門、4食ともざる蕎麦・・・ふぅー

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 私たち夫婦が入門した蕎麦打ち道場は、生石高原のわが家から車で小一時、紀ノ川のほとりにある。集落はざっと100戸ほどで、山の斜面に果樹園が広がっている。集落の路地は車1台がやっと通れる狭さだ。昔からの古い町なのだろう。

 ここに太っ腹の人がいて、無償で平屋の家を提供し、こね鉢や包丁など道具一式もそろえて道場を開設した。参加費用は、蕎麦粉代や光熱費だけで1回1000円。講師料のようなものはなく、みんなが教え合って楽しもうという気楽な道場だ。

 夕方6時前に道場に着くと、会長や副会長が先に来ており、準備のため忙しくしていた。副会長は「今日は参加者が多いので、さぁ、始めましょう」といい、いきなり蕎麦打ちの実践である。心の準備も出来ていないので、少々慌てた。

 打つ蕎麦は「二八蕎麦」というもので、蕎麦粉8、つなぎの中力粉2という割合だ。ちなみに、つなぎを使わないのは「十割蕎麦」で、勤務先の近くに「十割」をうたう店があり、よく食べに行った。

 われらは、別々にそれぞれ500グラムの蕎麦を打つ。まずは蕎麦粉を計量し、粉をふるいにかけてほぐしておく。そうすることで、スムーズに水分を行き渡させることが出来るという。これを「水回し」といい、副会長は「蕎麦打ちは水回しが最も重要。これを覚えておいて下さい」とのことだ。

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 250ccの水を3回くらいに分けて注ぎ、こね鉢で蕎麦粉を練り込むが、これがなかなか難しい。体重を乗せて手のひらで練り込むが、手早く200回以上も練るのでかなり力仕事だ。すぐに汗ばんできた。もたもたしていると、ベテランがさっと体を入れ替え、実地で教えてくれる。

 練った塊を直径30cmほどの円形に延ばすと、いよいよ麺棒を使って徐々に薄くしていく。麺棒を転がす時、つい爪を立ててしまい、傷が付いてしまう。円形の塊を長方形に成形できれば、折りたたんで細く切る作業に入る。

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 包丁は中華包丁のような長方形である。包丁の重みで切れと教わるが、これも難しい。蕎麦の断面が正方形になれば理想的だが、私たちが切れば素麺のように細かったり、きし麺のように平べったくなる。まぁ不ぞろいも手打ちの味の一つと言えなくもない。

 打ち終わったら各自が一人前づつ出し、みんなで茹でたてを試食する。蕎麦つゆは道場の自家製で、こだわりがあって美味しい。試食していると、きし麺のようなものがたくさん混じっており、安心した。

 私たちは計1000グラム打ったが、試食分以外は持ち帰ることになっていた。美味しく食べるにはなるべく早い方がいいと言われた。これを忠実に守り、講習会の夜、翌日の昼、さらに翌日の昼と晩、計4食とも蕎麦だった。なんぼ蕎麦好きと言っても、これでは少々、食傷気味である。

 しかしそれでも、掛け値なしに美味しかった。蕎麦は「挽きたて・打ちたて・茹でたて」の「三たて」が美味しさの秘訣とされる。蕎麦打ちに入門したわれらは、いつでも打ちたて、茹でたてが食べられる。断言できるが、そこらの蕎麦屋よりも間違いなく美味しい・・・
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ワラビはこれが最後・・・

 5月もあとわずかになったてきた。生石高原では、あれだけたくさんいた山菜採りの人影がめっきり減ってしまった。ここに住んでいる私たちにとって、こんな時期こそチャンスである。他の人と競争せず、急がず、慌てず、じっくり山菜を採ることが出来るのだ。

 「これが今年最後のワラビ採りだね」と言いながら、女房とともに高原に出かけた。朝の8時半だから、駐車場には1台も車が止まっていなかった。いつも採る場所に行くと、ススキなどの植物が腰の高さくらいに伸びており、ワラビを探すのが少し厄介だ。

 いつものことだが、私は山の斜面の手前から、女房は向こう側から挟み撃ちするように採って行く。ススキの根元をよく見ると、立派なワラビが生えている。ススキの茎とワラビの色が同じように見えるから、前日か前々日の先行者がつい見落としてしまうのだ。

 女房を見ていると、盛んに腰をかがめてワラビを採っている。ところが私は女房のペースのようにはいかない。半時間ほど斜面を行ったり来たりし、女房と合流すると、女房は私の軽く3倍は採っていた。これだけあれば当分の惣菜になるので、帰ることにした。

 女房が私より多く採るのはいつものことだが、山菜採りの先輩としては少々癪である。私は田舎育ちで、山菜採りには慣れているし、何せ中学生の頃は、図書費を賄うため全校上げて山菜採りに行き、業者に買い取ってもらっていた。女房は私と結婚するまでワラビなど採ったことがなかったのに、いつの間にか追いつかれてしまった。

 その原因が少し分かってきた。実は先日の夕食の時、箸を持ってきたつもりだが、見つからない。捜していると、女房が「箸なら目の前にあるでしょう」と言う。要するに、視野が狭くなってきたのだ。こんなことは二度や三度でない。よく捜し物を繰り返しているが、しまいには何を捜しているのか分からなくなることもある。

 私がワラビ採っていると、女房は後ろからついてきて、「あっ、ここに太いのがあるわよ。あっ、ここにもあった」と、これ見よがしに声を上げる。私の節穴をあざ笑っているのだ。まぁ、それはよいとしても、視野が狭くなっているとは思いもよらなかった。これも老化現象だろうか・・・。

     ↓ 私と女房の差はこんなにある・・・ 
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         *      *      *

     ↓ 山ウドも終わり、ウドの大木になりつつある
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     ↓ タラの木には葉が繁ってきた。
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     ↓ コシアブラの天麩羅は随分楽しんだ。 
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蕎麦打ち道場の門をたたく

 小説家・藤沢周平の故郷で、数々の小説の舞台となった山形県鶴岡市を訪ねた後、羽黒山に向かって車を走らせていた。女房とともに東北を17日間かけて回るこの旅は8年前のことだ。その途中、田んぼの中にぽつんとたたずむ一軒の蕎麦屋が目に入った。

 ちょうど昼時だったので、店に入った。その店は、何の変哲もない平屋の建物で、テーブル席が四つほど、奥には畳の部屋があった。中年の店の主人が注文を取りにきた。失礼な言い方だが、風采の上がらないおじさんである。

 私はざる蕎麦、女房は鴨肉蕎麦を頼んだ。やがて、主人が打ったと思われる蕎麦が出てきた。蕎麦は少し太目で、いくらか殻が入っていて、いわゆる田舎蕎麦の風合いである。蕎麦はあくまでも無骨だ。しかし、これぞ蕎麦本来の味だと確信した。

 帰り際、主人が「枕にして下さい」と蕎麦殻をたくさんくれた。ということは、自分の畑で蕎麦を栽培し、店の石臼で挽いたに違いないと思った。東北一周の間、数々の店、時には名店と言われる店で蕎麦を食べたが、この店をしのぐ蕎麦はなかった。

 私は蕎麦好きだ。旅先では必ず蕎麦の店を探して訪ね、新蕎麦の限定食があると聞けば何時間もかけて食べに行った。しかし、決して「通」ではない。単純に蕎麦が好きなだけである。ワイン通が口にするような薀蓄(うんちく)も持ち合わせていない。

 蕎麦は好きだが、気取った蕎麦屋はどうも苦手である。まずもって、茶室のような店のたたずまいに腰が引ける。工芸品のようなざるに盛られた蕎麦は、もったいぶったように少量だ。その割りにいい値段である。そもそも蕎麦は、大衆の食べ物だ。江戸時代では、屋台ですぐに食べられるファストフードだった。 

 9年前、次のようなブログを載せたことがある。女優の岩下志麻さんが信州で蕎麦を食べるグルメ番組が放映され、注文した蕎麦に金粉が振りかけてあった。たかが蕎麦とは言わないが、金粉で飾り立てることにどんな意味があるのか、皮肉を込めて書いた。金粉の店も店だが、それを有難がる無定見な客が多いのも事実だろう。

 先日読んだインタビュー記事にも腹が立った。語るのは老舗蕎麦屋の主人で、大学を中退して修行に打ち込んだという。聞き手は「最近、音を立てずに蕎麦を食べる人がいる」と言うと、主人は「蕎麦をすする時には、音だけでなく空気も吸い込んでいます。その空気が蕎麦の香りや風味を楽しむための大切な役目なのです」。

 いやはや、そんなもん「ほっといてくれ」と言いたい。蕎麦を食べる時、空気を吸おうが吸うまいが、好きなようにすればいい。私の友人にフランス料理にかぶれた男がおり、味噌汁をすする時さえ絶対に音を出さない。それが作法と信じているのかもしれないが、食べた気がしないだろうと同情する。蕎麦は自由だ。

 散々、蕎麦屋に難癖をつけてきたが、実は最近、ちょっと変なことになってきた。きっかけは、私のブログを読んで山小屋を訪ねて来てくれた男性が何気なく言った「蕎麦打ちは面白い」のひと言だった。彼は、わが家から1時間ほどの農村で暮らしており、海外経験もある多趣多芸の人である。

 彼は5年ほど前、仲間とともに蕎麦打ち道場を立ち上げ、参加者の指導をしている。蕎麦打ちは奥が深いと言われるが、「難しく考える必要はありません。誰にでも出来ます。ご夫婦で一度見学に来て下さい」と熱心に誘われた。蕎麦屋さんに散々嫌味を言ってきたので、後ろめたかったが、蕎麦道場の門をたたくことにした。

 彼と出会うまで、まさか自分が蕎麦を打つなんて考えもしなかったし、そもそも私の中では「瓢箪から駒が出る」というあり得ない話であった。しかし考えてみれば、蕎麦好きが自分で蕎麦を打つというのは自然な流れかもしれない。われら夫婦に思いもよらない挑戦が始まった・・・。

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