森に暮らすひまじん日記

第二の人生を歩む私たち夫婦は、和歌山の生石高原に近い森の中で暮らしています。豊かな自然の恵みにあずかりながら、有機栽培で野菜を育てたり、近くの渓流や海で魚を釣ったりする気ままな日々です。そんな暮らしぶりを綴っています。 
 

アオリイカ3・1㌔・・・

 私たち夫婦は先日、紀ノ川のほとりにある知人の家に招かれた。地場産業の社長さん、銀行マン、多芸な大工さん、そして私たちを含めて五人の集まりである。手土産として、先日釣ったばかりのアオリイカの刺身を持って行った。

 刺身は、重量2・8㌔㌘のイカの半身で作った。身は分厚いので、飾り包丁を入れて食べやすくした。半身だけなんて「ケチやなぁ」と言われそうだが、五人なので十分な量である。手前味噌になるが、みなさん甘くて美味しいと言ってくれた。

 魚のサイズには、食べごろというものがある。真鯛なら40センチ前後らしいが、60センチ、70センチの大きさになると味が落ちると言われる。鮎も料亭に出荷するサイズは15センチと小ぶりである。魚は総じて大き過ぎると大味なのだろう。

 アオリイカの釣り場で、800㌘くらいの中型が釣れると、「食べごろやねぇ」と言ってくれる人がいる。そして、2㌔を超える大物の場合は、明らかに羨望が滲む表情なのだが、「身が硬いから、天ぷらくらいしか食べられない」としたり顔で言う人もいる。私も初心者の頃、そう信じていた。

 しかしそれは大きな誤解だ。3㌔の巨大サイズでも実に美味しいのだ。冷凍した身を冷蔵庫で2晩寝かせれば、刺身はもっちりして甘みが増す。足の付け根にあるネバネバした筋肉部分は、食べ応えのある最高部位だ。足はお好み焼きの具として重宝する。

 結婚式の乾杯の発声もそうだが、延々と前口上が続くと辟易する。当ブログも同じであり、前書きが長い。今回のブログも同じで、アオリイカの大型を釣った自慢話を書きたかっただけなのだ。

 今年の春イカ釣りは遅めのスタートだったが、4月末、ボートから重量3㌔を筆頭に2・8㌔の2杯、計3杯を釣った。そして、気を良くして望んだ2回目の釣行は、昨日の5月11日のことだった。餌の生きたアジは途中の漁港で買い求めた。

 場所は例によって、由良湾を少し出た岩場の近くだ。ボートを走らせていると、予報とは違ってそこそこ風がある。うねりもあり、時折り、大きくボートが揺れる。

 ポイントに到着すると、生きたアジの尻尾に針を打ち、自由に泳がせた。藻が水面近くまで伸びており、これに糸が絡まればイカを取り込むことは至難の業だ。1時間以上も当たりがなく、藻を心配するのは捕らぬ狸の皮算用だと苦笑する。

 午前8時過ぎ、ジリッ、ジリッとリールからゆっくり糸が出る。イカが泳いでいるアジに食いついたのだ。それからのやり取り、ヤエンの投入、取り込みのてんやわんやはいつも書いているので、略・・・。無事玉網に入ったイカは2・7㌔ほどだった。

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 そして40分ほど後、ジリッと1回糸が出ただけで動きがない。2分ほど待って糸を張ってみると、イカは猛烈に走った。寄せようとするがなかなか近付いて来ず、辛抱たまらずヤエンを装着して勝負に出た。合わせは早いと思ったが、やはり空振りになった。

 すかさずアジを付け替え、同じような場所にアジを放り込んだ。10秒とかからないうちに、竿先が少し曲がった。案の定、先ほどアジを離したと思われるイカが再び乗ったのだ。うまくヤエンに掛かったが、強烈な引きに耐え、長いやり取りが続いた。

 そして突如、海面が盛り上がり、巨大なイカが姿を見せた。玉網が届く所まであと少しだが、何回も潜られてしまう。それでも渾身の力で引き寄せ、玉網を差し出すが大き過ぎて入らない。イカが反転して潜ろうとした時、大量の墨をこちらに向けて吐いた。私は頭からズボンまで墨を浴びた。

 寄せてもう一度、玉網を差し出したが、入らない。イカはまたも反転して潜った。その時、同じように墨を浴びた。メガネは墨で曇り、前が見えない。メガネを外して裸眼でやり取りし、三度目の正直、何とかボートに引き上げた。「ドスン」という音が大きさを表していた。女房の計測では、3・1㌔㌘。

 心臓が張り裂けるような緊張感・・・。アオリイカ釣りは実に面白く、もっと行きたい思う。けれど多くの子孫を残すであろう巨大イカの殺生は、柄にもなく心が痛むのだ。仏心・・・今からそんなに枯れていいのだろうか。

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水温が低い・・・ガシラ釣りは苦戦

 女房は近頃、釣りに行きたくて仕方ない様子だ。しかし、「ねえ、連れてって」と下手に出るほどの可愛いさはない。自分から言い出さないのは、何か夫に従うのが癪なのかもしれない。亭主関白だった私が仕事を辞め、次第に女房が自己主張を強めたここと無関係ではないように思う。

 しかし私は、「そろそろ魚が釣れる季節やなぁ」と水を向け、雰囲気を作ってやる。あくまでも大人の対応である。4月末に大型のアオリイカを3杯釣ったばかりで、今はその余韻に浸っているのだが、あえて女房を釣りに誘うのは、女房への心遣い、思いやりなのだ。

 という訳で、由良湾へガシラ釣りに向かった。ブログのタイトル「ひまじん」と言えども、それなりに用事がある。さらに、当日の天気、海の状況の三拍子がそろわないといけない。やっとそんな日が巡ってきて、今年初めての夫婦釣行と相成った。

 湾内のポイントを目指してボートを走らせた。海水を手ですくうと、少しひんやりしていた。今年は春の気温が低く、山菜の生育も1週間以上遅れたのだが、海も同じような傾向で、魚の活性も芳しくないだろう。

 20分ほどでポイントに到着した。ボートにパラシュートのようなシーアンカーを付け、流し釣りをすることにした。微風なのでボートはゆっくり風下に流れる。餌はサバの切り身。10mほど飛ばし、魚の食い気を促すように誘いながら引き寄せる。しかし、まったく当たりがない。餌取りの当たりさえもない。

 魚はのべつ釣れる訳ではなく、「ジアイ」という魚の活性が上がる時間帯があるものだ。だからそのジアイを待つのだが、1時間以上も反応がなければ、場所を替わりしたくなる。

 波が静かなので、遠出することにした。湾の奥から紀伊水道に面する防波堤の「沖の一文字」という場所まで走った。ここには磯が点在し、アオリイカやイサギなどが釣れる人気ポイントだ。私たちは一文字のテトラ近くで竿を出した。

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 まずは女房が中型のガシラを釣った。しばらくすると、今度はひと回り大きいサイズを釣り上げた。さらに1匹を追加したが、私には何の反応もなく、3対0の釣果だ。ここ2年ほど、釣果では女房に負け続けており、顔では笑っているが内心穏やかでない。

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 しかし幸い、私に2匹連続で釣れた。うち1匹はいい型だった。ただ、長く釣りをしていると、釣れるか釣れないかは何となく分かるものだ。そこでこのポイントを諦め、移動しながら竿を出すことにした。3か所で試してみたが、まったく反応がなかった。

 最後に港の近くで竿を出し、私がガシラ1匹を釣って竿を納めた。結局釣果はガシラが二人で6匹、ベラが5匹。女房とは3対3の引き分けだった。貧果ではあったが、これからは水温が上がり、もっと釣れるだろう。近いうちにまた女房を誘ってやろう・・・。

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ワラビの塩漬けは成功するか・・・

 ゴールデンウィークは後半に入った。天気にも恵まれ、ここ生石高原にはたくさんの人たちが訪れている。山菜を採りに来る人も多い。高原を散策していると、藪の中からいきなり山菜採りの人が現れ、びっくりさせられることがある。

 われら夫婦も山菜採りに忙しい。ワラビを始め、ゼンマイ、山ウド、コシアブラ、タラの芽、ヤマブキを摘む。高原まで10分という地の利を生かし、まだ誰も来ない早朝に出かける。知人に送る場合を除けば、自分たちが食べる分しか採らない。

 ただしゼンマイは別である。干しゼンマイは10年以上も前からせっせと作り続けている。ゼンマイを茹で、灰ををまぶして天日干しにし、時々優しく揉んで柔らかくする。年中食べられる貴重な保存食であり、こうして作ったゼンマイはわが家の自慢料理でもある。

 ゼンマイよりもたくさん採れるワラビだが、これを上手に保存できる方法がないものかと思う。東北や信州を旅すると、料理にびっくりするほど美味しい季節外れのワラビが添えられていることがある。

 これまで何回も塩漬けにしたり干したりしたが、どうもうまくいかない。昨年4月、中仙道は妻籠宿の有名な蕎麦屋で食事をした時、塩漬けのワラビを食べた。絶妙の味に感心し、女将に作り方を聞いた。祖母が作っているとのことで、伝来のコツを教えてもらった。

 そこで去年試してみたが、正直言って美味しくなかった。そもそもワラビの質、生育環境が違うし、保存期間中の気候風土も異なるからだろう。

 そして今年、長野と新潟の県境にある小谷温泉で1泊した時、これまた見事な塩漬けワラビが出てきた。旅館の女将をつかまえて根掘り葉掘り聞いた。女将は嫌な顔一つせず、懇切丁寧に話してくれた。ポイントは塩の量の多さ、浮いてきたワラビの水を絶対に捨てないことだが、他にも色々貴重な話が聞けた。

    ↓小谷温泉のワラビ。食べてしまい残りを撮影した
落花生

 先日、生石高原でたくさんワラビが採れたので、小谷温泉直伝の塩漬けに挑戦した。陶器の壷の底にたっぷり塩を敷き、灰で一晩灰汁抜きしたワラビを漬けた。全部で5層くらいになり、1層ごとに雪が降り積ったように塩を振りかけた。もうこれで失敗したら、生石高原では美味しい塩漬けワラビが出来ないと諦めるしかない。

 これまで何度も失敗してきた干しワラビにも挑戦し、今は天日干しをしている最中。これもお盆の頃、食してみようと思う。季節にその季節のものをいただくのは最高だが、保存は人間の知恵であり、知恵を継承しようという試みは、われながら崇高である。成功しての話だが・・・。

       ↓ ストーブの灰で灰汁抜き
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       ↓ 灰汁抜きしたワラビは鮮やか
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       ↓ 5層くらいに分けて漬け込む
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       ↓ これでもかというほど塩を振る
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       ↓ ワラビの天日干し
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ボート初釣り・・・イカの釣果は

 朝4時半、目覚まし時計が鳴った。今日は、今年初めてのボート釣りの日だ。それなのに、いまひとつ気分が乗らない。雨が降っていたら釣りに行かなくていい。風が強ければボートを出せない。そんな自然現象を密かに期待する自分が情けない。

 前夜はそれなりにやる気はあったが、いざ朝起きると億劫になってしまうのだ。今年の正月、もっと積極的に生きようと誓ったばかりである。それなのにこの体たらくだ。布団を蹴飛ばし、「よしゃ」と言ってはね起きた。

 由良湾に向けて軽トラを走らせた。すでに東の空は明るく、快晴だ。大型のアオリイカを狙い、生きたアジを食わせて仕留める作戦だ。漁港に立ち寄り、アジを10匹買った。いつもは20匹、30匹と買うが、春のイカは釣れる確率が低く、それだけあれば十分だろう。

 湾奥の漁港からボートを出した。海は凪いでおり、遠出することにした。5か月ぶりにボートを走らせると、何だかんだ言っても気分が高揚してくる。やや肌寒い風を受けながら40分ほど走った。沖合いに島が二つあり、その手前の磯場にアンカーを入れた。

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 生きたアジを針に刺し、20mほど飛ばして当たりを待った。海中を見ると、長い藻が水面近くまで繁っていた。この季節、イカが産卵するため藻場に集まって来るのだ。イカがアジに食いつけば、藻の上に浮かせなければ、糸が藻に絡んでしまう。これが最も肝心だ。

 待つこと30分、竿が満月のように曲がり、続いてジーという音を立てながらリールから糸が出る。イカがアジに食いついたのだ。イカは止まってくれず、沖へ沖へと遠ざかる。リールのスプールを指で押さえ、ブレーキをかけてみるが効果はない。こんなに糸が出れば、寄せるのに難儀するだろう。

 やっとイカが止まり、引き寄せにかかった。春はイカの図体が大きいので、少々引っ張ってもアジを離すことはないが、なぜかイカはアジを離してしてしまった。そのまま待てば、再びアジに食いつくはずだ。案の定食いついたが、またも離してしまったのだ。イカの食い気が悪いのか・・・。最初のチャンスを逃してしまった。

 それから20分ほどすると、またもイカが乗った。一気には走らず、ジリジリと小刻みにリールから糸を引き出し行く。イカは竿先から30m以上離れており、これ以上走られてはお手上げだ。2分ほど待ち、かなり強引にリールを巻いて寄せにかかった。ある程度寄せても、イカは竿を絞り込んで沖に逃げる。その繰り返しだ。

 長いやり取りの末、掛け針のヤエンという器具を糸に装着して送り込んだ。イカまで遠いので、なかなかヤエンが沈んでくれず、ブランコのように揺れながら少しずつ前進する。ヤエンがイカに到達したかどうかは勘というしかないが、合わせを入れるとうまく掛かり、強烈な引きが伝わってきた。

 大袈裟ではなく、いよいよイカとの格闘である。相手は間違いなく2キロ、3キロの大物に違いない。強めに締めたスプールが逆転し、何度も何度も潜られた。悪戦苦闘の末、15mほど沖の海面がガバッと盛り上がり、黄色いイカが姿を現した。息を呑むほど大きい。

 やっと玉網が届く距離に来た。海面はスミで真っ黒だ。玉網ですくおうとしたが、大きすぎて枠からはみ出し、潜られてしまった。また一からのやり直しだ。それでも何とか玉網にイカが入った。しかし、重くて玉網の柄が折れそうになるので、ステンレスの枠を手で持ってボートに引きずり上げた。

 胴の長さ46cm、重さ3キロという大物である。胴体を曲げなければクーラーボックスに収まらない。クーラーの蓋を閉めようとしたら、竿を支えていた左手の指が痙攣し、何分間も苦痛に悶えた。肩で息をするほど疲れたし、達成感もあったのでしばらく休むことにした。

 息を整え、アジを付けて釣りを再開させた。するとまた当たりがあった。竿が45度ほどの角度で海中に没し、糸が出る。おそらく海底深くで食いついたのだろう。イカを底から引き剥がすため、力を込めて引き上げた。竿は大きな円を描いたが、それでもイカはアジを離さない。最初に失敗したケースとは大違いだ。

 そこから先の経過は前述と同じなので省略しよう。仕留めたイカは推定2・8キロほど。これもクーラーに収まりきらず、胴体を曲げて入れた。もう、これ以上釣っても入り切らず、大きなクーラーを持って来ればよかったと後悔もしたが、その一方で、横たわるイカの青い目を見つめていると、これ以上殺生すまいという仏心も頭をかすめた。

          ↓ つぶらな青い目が心に刺さる
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 仏心と言いながら、またまたアジを付けて仕掛けを投入した。半時間ほどすると当たりがあった。もう、有頂天である。随分走られたが、根気よく寄せて仕留めた。これも2・8キロほどの特大サイズ。クーラーに入らないので、アジを生かしていたバケツに入れ、残ったアジは海に帰した。

 バケツに入れたイカは時折、「ブォー」とい音を立てて海水を噴き上げ、私の服がびしょ濡れになった。午前9時という早い時間だが、餌のアジは捨ててしまったので、釣りはこれまで。帰途の風が快かった。心も軽やかだった。帰って女房に巨大なイカを見せれば、驚くだろうななあ・・・。

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マダニに愛されて・・・

 朝起きると、洗面台の前に立ってヒゲを剃るのが1日の始まりである。その際、顔を鏡に映し、容姿に衰えがないか確かめることにしているが、落胆してはため息を漏らす日々である。

 電気カミソリの刃を顎の下に入れるため、顎を上に向けた。すると、喉仏の下約2センチ付近の所が赤く腫れ上がっている。縦1センチ、横3センチほどの大きさで、その赤さと腫れはまるで明太子のようだ。

 前日か前々日、藪の中に入ったけれど、私は幼少期からウルシに対する免疫力があり、負けるようなことはない。虫に刺されるのはしょっちゅうだが、このように明太子状態になるのは初めてだ。

 女房を呼んで見て貰ったが、「小さくてよく見えな」と言い、老眼鏡を取りにいった。しげしげと見入った女房は「ダニかもしれんよ」と恐ろしいことを言った。胡麻粒ほどの黒いものがくっついているらしい。

 毛抜きを持ってきて黒い物体を引き抜こうとするが、何度試みても取れない。「ちょっと痛いわよ」と言って皮膚ごとつかんで引き抜いた。痛かったが、取れたようだ。女房は「いっぱい足が付いているから、やっぱりダニやねえ」と言った。

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 女房は爪でダニをつぶそうと何回か試みたが、なかなか死なない。そのうち、「プチッ」という音がしてやっと死んだ。私も姿を見たが、何本も足が出ており、ネットで見たダニそのものだった。その種類まで分からなかったが、姿や生態などからマダニにほぼ間違いがないと思った。

 マダニは茂みや草むらに生息しており、葉っぱの先などに身を隠して待ち構え、それに触れた人間や動物にくっつくそうだ。人間に寄生し、死に至ることもあるから、軽く見てはいけないらしい。棘を完全に抜くためには医者に行くことだそうだ。

 実は、女房にダニを取ってもらった翌日もかゆみと腫れが引かなかった。棘が残っている可能性があり、女房にもう一度刺された付近を大胆につかんでもらい、皮膚ごと取ってもたらった。腫れは少し引いたが、皮膚の赤味は首より下に拡大した。医者に行くか迷っている。

 そう言えば、生石高原の入り口に「マダニ注意」という看板があるのを思い出した。ススキの葉などにもマダニが潜んでいて、人間に飛び移る機会を伺っているのだろう。今回は、ワラビを採りに行った時、植物の葉が首筋に触れのに違いない。思い出しただけで寒気がする・・・。

  ↓ 山菜の生石高原にはマダニが待ち構えている
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   10:29 | Comment:2 | Trackback:0 | Top
 
 

やっと訪れた春爛漫

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 4月も下旬になって、ここ生石高原はようやく春爛漫となった。わが家の敷地の山の斜面にはスイセンが黄色い花を咲かせている。女房が少づつ増やしてきたもので、道行く人が足を止めて眺めている。

 山小屋のデッキの正面には山桜の大木があり、今が満開だ。花の密度が大きいソメイヨシノと違って、山桜は花と葉が同時に出てくるので花はまばらだ。しかし楚々とした風情があり、これはこれで味わいがある。

 平安から鎌倉にかけて生きた西行法師は、桜を愛した歌人だ。西行が愛でた桜は、幕末に交配によって作られたソメイヨシノではなく、日本固有の山桜だろう。吉野の桜も山桜である。

 「願わくは 花のもとにて春死なむ その如月(きさらぎ)の望月の頃」。これは西行を代表する有名な歌だが、見事過ぎるその死生観に、私などは腰が引ける。どれだけ桜が美しくとも、そんなに潔くはなれない。桜を愛でながら長生きしたい。

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 山小屋の周辺を飛び交う野鳥に、ちょっとした異変を感じている。デッキに置いた餌台には、ヤマガラ、シジュウガラ、カケスの3種類が入れ替わり立ち代わりやって来て、ヒマワリの種をついばんでいる。

 去年まではヤマガラが多く、シジュウガラは少数派だった。比率で言うと、ヤマガラが10のうち8、シジュウガラは2くらいだったが、今は6対4ほどになっている。餌の取り合いはシジュウガラが強いから、そのうちヤマガラが追い出されるのではないかと心配している。

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 ま、そんなことを考えながらぼんやり過ごしているが、朝鮮半島はかつてない緊張が高まっている。平和な日本では、親子二代にわたる色ボケ政治家が大きな話題。九州では3億数千万円が強奪されたのに驚いたが、タイで捕まった女詐欺師の若作りにはもっと驚いた。でも、目元は年齢相応と見た・・・。
   10:44 | Comment:0 | Trackback:0 | Top
 
 

ノビルもまた春の味

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 月刊誌に読みたい記事が載っていたので、町の図書館へ向かった。ようやく暖かくなり、春めいた景色を眺めながら生石山をのろのろと下った。すると、畑の一角に目が止まった。そこにはノビルが群生していた。

 耕作されていない畑だから、少々ノビルを頂いても構わないだろう。茎の根元を握って引き抜くと、絡み合った根っこに球根が鈴なりになっていた。鼻を近づけると、ラッキョとネギを足して二で割ったような香りがツンと鼻腔を刺激した。

 ノビルはユリ科の多年草で、野原や土手などどこにでもある。ただ、私たちが暮らす生石高原では見かけないので、わざわざ里まで下って採って帰るのは、年に1回あるかないかだ。

 その夜、女房が酢味噌和えを作ってくれた。翌日の朝食には、味噌汁の具になって食卓に載った。平凡な野草だが、味はワケギに似た独特の風味があり、乙なものである。

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 春に山菜を食べるのは、美味しいからなのか、日本人の体に刻まれた「何か」があるのだろうか。野草の本で読んだことがあるが、山菜には体内に蓄積された毒素みたいなものを排出させる作用があるという。山菜を食べるのはもちろん美味しいからだが、春になるとその効能を体が求めているのかもしれない。

 生石高原に山小屋を建てる前は、そもそもノビルなど知らなかった。北陸の僻地で生まれた私だが、少年時代、山菜はもとより、カボチャの種、桑の実、山芋のムカゴなど食べられるものは何でも食べた。それなのに、ノビルを食べる習慣はなかったのはなぜだろう。

 確かにノビルは、腹の足しになることはない。ノビルや山菜を有難がるのは、むしろ食生活が豊かになった裏返しなのだろうか。それとも、現代の食べ物には物足りない「野趣」という風味を珍重する時代なのか・・・。
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ワラビの初物・・・ピンポイントで採る

 連日の菜種梅雨にうんざりしていたが、やっと晴天になった。午前中は風が強く寒かったが、午後からは風が止み、日差しが暖かくなった。運動不足を解消しようと、久しぶりに女房と散歩に出かけた。

 出発する前、レジ袋をポケットに入れた。これは山暮らしの習性である。もし山菜があれば、摘み取って持ち帰るためだ。先日のブログで今シーズンの山菜事情を書いたが、例年に比べて1週間以上も遅れているので、山菜が採れるとは鼻からから期待していない。

 山焼きで黒ずんだ高原を歩いた。いつもこの季節になるとワラビを採る場所に寄ってみた。イタドリの太い芽が顔を出していたが、ワラビはまったく出ていなかった。

 半時間余り歩いたので帰ることにしたが、そこでふと思い出した。そこは30m四方ほどの狭い場所だが、日当たりがよく、生石高原で最初にワラビが採れるのだ。急な斜面を滑りながら歩き、その場所まで行った。

 すると、7、8cmのワラビが出ていた。その場所を少しでも外れると、ワラビは出ていない。二人で30本ほど採れた。こんなに小さくても柔らかくて美味しいのだ。

 斜面を少し登っていた女房が「割と大きいのがあるわよ」と叫んだ。行ってみると、なるほど長さ15cmほどのワラビが生えていた。太く、鮮やかな緑色だ。いかにも柔らかそうで、夢中になって採った。全部で5、60本はあるだろう。

 家に帰ると早速お湯を沸かし、ワラビの上に薪ストーブの灰をふりかけ、たっぷりとお湯を注いだ。一晩寝かせれば灰汁が取れる。今日の朝、女房がワラビの卵とじを作ってくれた。口の中でとろけ、風味も素晴らしい。

 季節のものを食べられるのは、実に幸せなことだ。山菜の季節にはまだ早いが、それでも幕は開いた・・・。

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山小屋の暮らしを再開

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 生石高原の山小屋に帰ってきた。昨年12月以来4か月ぶりだ。翌朝、山小屋のロフトで目覚めると、自分が今どこにるのか分かるまでに、しばらく時間がかかった。夢の続きと勘違いすることがよくあるが、私に限ったことではないかもしれない。

 布団の中から窓の外を見ると、見慣れた山桜の梢に小さな野鳥がせわしなく行き交っていた。「ツツピー、ツツピー」という鳴き声からしてシジュウガラだろう。大津の自宅近くにも野鳥はいるが、このように様々な野鳥の大合唱を聞くと、山の暮らしが始まったのだと実感する。

 生石高原で暮らす知人によると、今年は特に、気温の低い日が多かったという。西日本の桜の開花が遅れたように、間もなく迎える山菜の季節も例年より1週間ほどは遅れると思う。生石に来る途中、桃山町の桃の農家の人に聞いても、開花は1週間以上遅かったと言っていた。

 山小屋に上がってきてまず観察するのは、階段脇にあるタラの木だ。その芽の状態は山菜の季節の進み具合を教えてくれるバロメーターなのだ。今年は、やっと薄い緑色の芽が顔を出したばかりで、食べられるのはまだまだ先。山菜も随分遅れているようだ。

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 昨年は確か4月10日ごろ山小屋に帰ったが、タラはすでに大きな芽を付けていたし、高原の日当たりのいい斜面ではワラビの初物が採れた。山ウドもコシアブラもわずかだが芽を出し、胸を時めかせてくれたものだ。これが標準的な季節だろう。

 このところ生石高原も連日の雨で、まさに菜種梅雨の風情だ。今朝デッキに出て‘下界’を眺めると、紀淡海峡が雨に煙っていた。デッキの野鳥の餌台にヒマワリの種を置き、口笛を吹き続けていると、ヤマガラが一目散に飛んで来た。4か月ぶりの再会なのに、私の口笛をよく覚えてくれていた。

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 朝の気温は4度。日中でもそれほど気温が上がらないので寒い。伸び放題になっていた愛犬「ぴー」の毛を大胆に散髪してもらったので、寒くて震え上がっている。体にバスタオルを巻いてやったが、薪ストーブの特等席を譲ろうとしない。

 と言う訳で、夫婦と犬1匹の山の生活が始まった・・・。

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雪の山腹に小谷温泉・・・秘湯の中の秘湯

 長野と新潟の両県にまたがる妙高戸隠国立公園。その雪深い山腹にある秘湯・小谷(おたり)温泉に向かったのは、今月3日だった。この日は、放射冷却によって霜が降る寒い朝になったが、その代わり雲ひとつない晴天だった。

 自宅近くの桜の蕾は、薄い桃色に色付いていたが、まだ一輪も咲いていなかった。それでもわが家の小さな庭の一角では、福寿草が黄色い花を咲かせ、春はそこまで来ているようだ。それにしても西日本はなぜか気温が上がらず、桜の開花は関東に先を越されている。

 午前6時ごろ、米原行きの新快速電車に乗った。青春キップを利用する1泊2日の小さな旅だ。女房が詳細な計画を立てたので、それに従ってひたすらついて行くだけである。

 米原駅を過ぎると、朝日に照らされた伊吹山がヌッと現れた。伊吹山は西の斜面がセメント採掘でスパッと切り取られて痛々しいが、冬は雪に覆われ、何事もなかったように美しい姿をしている。

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 名古屋で中央線に乗り換え、北上を続ける。中津川までは車窓に気を取られるような風景は少なく、文庫本を読みふける。私は中津駅に着くと待ち時間を利用し、改札口を出て正面に鎮座する恵那山を眺めることにしている。日本百名山に数えられているが、余り人気がない。むしろ島崎藤村の故郷の山として有名かもしれない。

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 ここからの中央線は、よそ見が出来ないほど忙しくなる。車窓の左に、右に中央アルプスの名峰が現れるのだ。名前そのものも美しい空木岳、木曽駒ケ岳、今なお噴煙を上げる御嶽山・・・。

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 松本駅には昼ごろ着いた。駅ビルを出て右手すぐに蕎麦屋があり、松本に来たら立ち寄る店だ。「榑木野(くれきの)」という店だが、読み方が難しいので、何度来ても覚えられない。蕎麦の量も多く、美味しい。お焼きとのセットを注文した。

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 次に向かうのは信濃大町だ。学生時代から何度もここで乗り換え、白馬に行った。駅の右手に馬肉の専門店があり、馬刺しの塊を買った記憶があるが、大町の古老から「そんな店はないよ」と一蹴された。人間の記憶というものは、いい加減なものなのだ。

 松本を出ると、左手には常念岳の尖がった名峰が見えるはずだが、この日は雲が湧いており、まったく見えなかった。大町駅からは針ノ木岳、鹿島槍ケ岳なども見られるはずだが、これも雲の中。おまけに、大町市街を歩いていると吹雪になり、この天気の急変には参った。

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 電車が木崎湖、青木湖を過ぎる頃、雪は本格的に降り、みるみる雪が積もった。北アルプスの山岳風景も楽しむことが出来ず、終点の南小谷駅までは退屈だった。駅から温泉までは路線バスだ。半時間ほどかけて急な山道をノロノロと走った。ここには3軒ほどの旅館があったらしいが、今は山田旅館だけになっていた。

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 小谷温泉は、雨飾山(1963m)の登山口にあり、登山者のバイブル「日本百名山」を著わした作家深田久弥もたびたび訪れていた。深田は雨飾山に挑み続け、戦後、3度目の挑戦でやっと登頂を果たした。妻もいる彼は密かに別の女性と山田旅館に逗留したこともあり、その大人の恋愛余話は今も語り草になっている。

 武田信玄の家臣が見つけたという温泉は、標高850mの山腹にある。ひなびた趣があり、秘湯の中の秘湯だ。湯が滝のように浴槽に落ちて来る。加水もしていない正真正銘の源泉掛け流しだ。泉質はナトリウム炭酸水素塩泉で、家に帰ってからも肌がヌルヌルしていた。

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 若い人はともかく、私たち年寄りにはこたえられない旅館だ。明治、大正の古い建物はギシギシときしむが、炬燵に足を入れて湯の余韻を反芻していると、ほっこりする。塩漬けで保存されたワラビは絶品だった。昨年は中仙道・妻籠の蕎麦屋で塩漬けの方法を教えてもらったが、失敗した。今度こそと思い、山田旅館の女将から根掘り葉掘り聞いた。

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 翌日、朝食をすませると女房が風呂に行ったので、私は散歩することにした。前日とは打って変わって晴天である。2、3mもある雪の壁を見ながら通行禁止の道を登った。カーブを曲がった所で雪が低くなっており、滑りながら除雪された雪の上に立った。そこには絶景が広がっていた。北アルプスの峰々が神々しく光っていたのだ。

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 旅館の主人に写真を見てもらうと、百名山の鹿島槍ケ岳、五龍岳だという。山は方向によって随分形が異なるものだ。帰りのバスからは、白馬鑓、杓子、白馬の「白馬三山」が見えた。2年前の夏、2泊3日で三山を縦走したので思い入れが強く、感動した。バスの運転手さんは、はしゃぐ私のために2回もバスを止めてくれた。感謝、感謝!

      ↓ 白馬三山
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 帰りの電車からも、次々と北アルプスの名峰が現れ、目を楽しませてくれた。双耳峰の鹿島槍を始め、針ノ木岳、爺岳のピラミッドが青い天を衝いていた。次第に雲が湧いてきたが、常念岳の頂上が一瞬見えた。

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      ↓ 雲間から見えた常念岳のてっぺん
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 乗り継ぎの塩尻駅で名物の釜飯を買い、車中で食べた。昔は陶器の器だったが今はプラスチックだ。若い頃、何かの役に立つと思い、陶器を持ち帰ったこともあった。ケチな性格だった。

 奈良井宿と木曽福島を歩いて帰途についたが、それにしても木曽路は欧米の旅行者が多い。日本の原風景を探訪するのが目的だろう。知らない小さな駅で大勢が降りたが、どこかへ向かうのだろう。ぜひ、穴場を教えてほしいものだ・・・。

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